sekiwataruの日記

Ph.D(filosofia)のソリロキア

【書評】ヤハマン著木場深定訳『カントの生涯』理想社1978年。

 普段考えていることと違う内容を模索するのは、集中的に時間が取れないとなかなかうまくいかないので、ブログ記事をお休みしてAmazonさんでレビューするのが私的な活動でしたが、今回はそのAmazonさんに書誌情報が掲載されているのがどれだかいまいち分からなかった本をこちらでレビューします。こちらだと星つけなくていいので気楽です。とりあえず、本書のレビューにタイトルを付けるとすれば「宗教的敬虔主義の浅薄さ」ですかね。
 さて、今回の本は、ヤハマン著木場深定訳『カントの生涯』理想社1978年、です。ちなみに、個人的に所有しているのは1985年発行の第1版第3刷です。あと、定価は1500円で、記憶によれば古本屋さんで300円で購入しました。訳者による「あとがき」によれば、原著は、Jachman,R.B., "Immanuel Kant geschildert in Briefen an einen Freund", 1804だそうですが、本訳書は原著より最終章を割愛して、代わりにヴァンスキの『晩年におけるインマヌエル・カント』の最後部分の抄訳を収録しています。著者のヤハマンさんは、カントの生前から交流のある人で1800年に『カント宗教哲学の吟味』なる本を著した人で、ご存知のように、カント自身がこのヤハマンさんの著作に序文を書いてます。
 さて、本書の内容ですが、個人的な交流のあった方だけあって、カントさんの好みや生活習慣などの人間味に関する部分は詳しく、哲学史の講義の小ネタに使える話題を提供してくれてはいます。いま変な譲歩を入れましたが、実際、この本の有用性は恐らくそうしたカントさんの趣向についての事実的部分、つまり哲学史の小ネタだけです。この本の記述は、1)「カントはこれこれを好んでいました」とか「これこれするのを常としていました」という記述ーつまり個人的事実ーと、2)「カントは周りから尊敬を集めていました」とか「カントは誠実な人物であると見なされていました」とかのいわゆる"聖人伝"的な記述と、3)「カントはこう言っていました」というカント思想のヤハマンさんの評価とに、分類できます。
 で、この2)の部分はやはり話半分に伺っておくのが無難でしょう。この手の聖人伝擬きの文体は生き生きとした人間の在り様を、慎ましやかな生活を送りながらも神を信頼して人には優しくして体制に従順だったという人間像に、つまり支配側にとって都合のよい人間像に仕立て上げていくものです。そして、そうした記述は3)の思想の評価にも直結します。細かくは、以下で見ていきたいとは思いますが、こうした理由のためにカントさんの研究には殆ど有用ではない気がします。おそらく、文章の節々から推察するに、このヤハマンさんという方は敬虔な神信仰をお持ちの質朴な方だったのでしょう。しかし、そうした方ですらーというよりもそうした方ほどーいわゆる"聖人伝"的な文体に取り込まれるやいなや、凡百の内容しか記せない書き手になってしまうだけでなく、自ずからその言の端々に大衆に対する侮蔑的な傲慢心をにじみ出していくのです。本書を読む上で、興味深い点となるのは此処です。すなわち、カントさんの生涯云々を知るためにどうのではなく、「なぜ宗教的敬虔は賎陋な世間感覚へと落ちていくのか」という、本書の書かれた文字を超えて漏れ出してくる点にこそ、本書を通して私たちが考えなければならない事態があるのです。
 ヤハマンさんが記す内容には以下のような特徴があります。「およそ国家の変革を臣民の側から企てることはいかなる事情のもとにおいても、残虐な暴君の圧政のもとにおいてすら不当である」(本訳書99頁)、「婦人は誰でも一般教養は勿論のこと、その将来の使命を完全に果たさんがために、妻および主婦としての特殊な目的にふさわしい教育が必要である…(中略)…人々がその娘に音楽家から音楽を習わせるように、料理人から料理を習わせて然るべきだ…(中略)…妻が夫にちゃんとした食物を供する代わりに、台所の世話をすべき時間でものした詩だの画をもってその償いをしようとしたら、どれほど才気ある夫でも、たとい詩人であり画家であっても気に入るわけがない」(本訳書127-128頁)、あるいはヤハマンさんの字の文では「この男は下男の分際にもかかわらず生意気で」(本訳書136頁)、など、言ってしまえば、家父長制的身分社会のプロパガンダみたいな文字で溢れています。どうも、ヤハマンさんはカントの著作が当局によって規制されて以後はカントが宗教に関して口を閉ざすようにされたことに対して「いや違います。聖なるカント様は皆様に逆らったことなど一度もございません。ご覧下さい、聖なるカント様は皆様が重視されている伝統的身分制度を遵守してそれを広めておいででした」とでも言わんばかりに体制追従の文言で固めています。本来なら、当局の規制や支配こそが間違っていて、それがいかに人間の在り方を抑圧するのかを考えていかなければならないのに、こういう文章を書いてしまうあたりに著者の思想家としての限界を感じてしまいます。
 上記の召使の話を続けて言えば、これには「カントのこの下男を扱うときの調子がいつも叱りつけるようで腹立たしげ…(中略)…カントは下男に赤襟の付いた白い上衣を着せ、これ以外は決して別の衣服を着ないようにと喧しくいってました」(本訳書136頁)という話もくっついてきて、これなぞは、カントによる只のパワハラに過ぎないのを嬉々として述べるという著者の神経を疑いたくなります。何と言いますか、大哲学者様のなさるパワハラは善い行為とでも言いたげですが、だとしたら、カントさんの説く倫理学とは、抑圧して支配する輩によって領導される倫理であって、日々の生活を強制と苛斂の下に置かれている人々は倫理の対象から除外されるものだということなんですかね。あるいは、社会的に安定して保障されている身分の連中内部に限定されたもの、またはそうした身分におわします輩が被支配者に強制する倫理とでも言いますか、そういう下衆な連中にしか該当しないシロモノなんですかね。有閑階級の言葉遊びに過ぎぬカント倫理学、そういうものをお好みならどうぞご自由にですが、だとしたら、そこで言われる普遍なるものの薄っぺらさに辟易とします。
 あと、カントさんの財産について語る段で「人は利得の殆どない職務にあってさえ…(中略)…寄るべない老後を完うするために立派な財産を作りうるものだ」(本訳書138頁)としていますが、大学の教授様が「利得の殆どない」ですかぁ?そりゃまぁ、投資銀行家様やら悪徳転売家様やらと比べれば身入りは少いでしょうよ。ですが、当時でも今でも普通の人が日々の生活で食うや食わずしている時に、世間的にちやほやされる地位にありつつ定収入があるというだけで庶民が生活維持の為に費やす労力を削減しているわけで、そうしたアドバンテージを含めて考慮したら随分と贅沢な身分におわしますということを理解できないという点に、哲学者風情の思い上がりと無知を感じます。
 とまぁ、読んでいるとあの人とその一派を思い出します。かの有名な聖パウロ様です。聖パウロ様は、帝国権力は神が定めたのだから絶対的に服従せよ(『ローマ書簡』13章)だの、男に女は従え(『第一コリント』11章3節など)と言っては女性の在り方を押さえつけ、奴隷はその分を超えるな(『第一コリント』7章21節参照、因みに日本語訳は改竄訳)と語り、等々と体制権力を肯定します。これは聖パウロ様の名前を模した書簡にも継承され発展させられ(『コロサイ書簡』3章18以下;『エフェソス書簡』5章以下、後は面倒なので省略しますが牧会書簡参照。因みに聖書の検索サイトで用語を入力すればこういうのは一目瞭然です)、さらには聖パウロ様の用語使いを継承している『第一ぺテロ書簡』では、こうした体制への服従をキリストの従順の内実として説くという愚劣な講釈をしています。なお、話は脇道で、こうした聖パウロ様やそのフォロワーの差別的物言いに対して「当時の価値観がみんなそうだったのだから仕方ない」という訳の分からない擁護をなさる方がおいでですが、問題は2つ。第1は本当にみんなそうだったのか。新約聖書に限ったとしても、『マルコ福音書』や『ヨハネ福音書』あるいは『ヤコブ書簡』や『ヘブライ書簡』を読んでみればーあるいは用語検索してみればー分かりますが、そんな歪な価値観は出て来ません。その時点で、みんなそうだったのだということは否定できます。こちらは事実確認をすれば判断できますので、余程のおっちょこちょいでない限りこんな稚拙な詭弁には引っかからないでしょう。第2はーこちらは所謂そもそも論ですがー、みんなそうだったのだからそう言っても仕方ない、という意識が端から間違っている、ということです。みんなが言っているからといってそれが正しいわけではないことなぞ幾らでもあります。なんぞと言うと「お前は民衆蔑視のブルジョワ観念論者だ」と喚きたてる方がいますが、むしろ、みんなが言っているから正しいと主張することがよほど観念論的です。だいいち、「みんなが言っている」という事態そのものが、歴史的に見れば、少数の支配者によって多数の多様な考え方を煽動して統制して作り上げたものだったりします。例えば、イエスの十字架刑。一部の神殿礼拝派の体制側がその辺の連中に十字架刑を刷り込んで、声のでかい体制追従のはねっかえり宗教右派にわめきちらせて、あたかもその意見が世の中の趨勢を占めているかの如くに繕い、大勢をその意見へと誘導し、大勢はそこに乗っかっているという状況を見て取れます。あるいは、ソクラテス裁判でも中世の魔女狩りでもいいですが、そうした差別にせよ偏見にせよ弾圧にせよ戦争にせよ、そうしたものは大勢の心にある閉塞感を上手く刺激し、それを敵意の形に組み換え、多数に言わしめているのです。そのゆえに、考えるべきは、みんなが言っているから正しいのではなく、その意見がそれ自体として正しいのか、です。そして、そうしたみんなが言っていることを可能にさせている背景は一体どういうものか、それをどのようにして克服できるか、そういう方向に目が向いてこそ、歴史的に思想を考えていく行為ができるのです。だから、みんなそうだったのだから言っているのを善しとしてそこへとずぶずぶと凋落していくのは思想の営みとして根本的に間違っています。
 と、話は脇道に逸れたので元に戻すと、問題は聖パウロ様やヤハマンさんのように、神信仰を人間の在り方の絶対的中心に置く類いの敬虔主義が何故こうも上記のような浅薄で愚劣な価値観を善しとしてしまうか、です。
 本来なら、相当な考察を必要とするのでしょうが、この大きな問題に見通しをつけるために、以下のヤハマンさんの記述を材料にします。「カントは至高の存在と道徳の世界支配とを信じて疑いませんでした。それでカントは、」(93頁)云々と続いていくのですが、ヤハマンさんの細かいカント解釈の是非はとりあえず問題にしないとして、要点はカントの哲学は神信仰を前提とし、その前提を理念として或いは本来的に追究すべき事実として展開されているとするわけです。従って、ヤハマンさんがカントの名前を使って語る人間の実態とは、神の側にこそ本物があるのであり人間はそれなしには生きられない、すなわち、本当の現実とは人間が生きているこの世界ではなくて神のおわします彼の世界である、ということです。また、ヤハマンさんは、「倫理的な理性法則は神の聖意に一致するものであること、…(中略)…カントは真の意味において敬神家でした」(93-94頁)と書き連ねていて、要はカントさんの名前を出してヤハマンさんご自身のご意見のご開陳なわけですが、その論調の基本は、人間の理性にとっては神こそが意味ある事実なのだという主張で塗り固められています。
 ここにこそ、問題があります。すなわち、神こそが人間の本当の現実なのだ、本来的な事実なのだ、という物の見方は、その結果として、人間の日々の生活を本当の現実ではなく、仮の住まいであり、従ってどうでもいいもの、論じるに価しないもの、放っておいても良いもの、そうした表面的な仮象にすぎないのだ、としてしまいます。そのために、人間が日々被っている苦痛は問題にしなくても良い、となります。だから、食事を今日取れるかどうかの瀬戸際で悩む在り方を見下し、寝られる場所が得られるかの心配を些末なこととしうるのです。ドイツ辺りの神秘主義だかに被れたZenやらに傾倒する宗教オタクが、頻繁に日常に囚われないなんぞと偉そうな御高説を宣われておいでですが、その言説の根底は、神信仰のバージョン違いに過ぎないわけです。これは、結局の所、人間が頭で考えついたに過ぎない神という概念を現実であるとしー本来的な意味での神は人間を超越しているわけでそれならば人間にとって理解された事柄は神自体ではなくて只の人間の思い込みに過ぎないはずであるにもかかわらずー、人間の生き生きとした現実の方を人間にとって頭で考えた雑念だとか執着だとかにしてしまうのです。
 これが、聖パウロ様以来の伝統芸となっている軽忽な敬虔主義の体制肯定の見方です。現実にある様々な差別や抑圧を受け入れよと迫るその姿勢は、人間が生きていてまさにそれを離れては生きられないこの現実を天上と地上とに観念的に分裂させ、天上こそ地上の問題全てを解決するとして、人間が作り上げた神の観念をこそ現実としてそれに隷属するように詰め寄る、謂わば偶像崇拝を具現化する事態となっているのです。
 そして、これは隠遁生活を送って社会から孤立する日常を実践するような人間が語るのではなくて、社会の中へと自ら好んで入っていき、出世や地位や名誉やそうした外的な評価に人一倍しがみつく類いの人間の見方である、つまり非常に腥い思想なのだという所に恐ろしさがあります。人間が日々の生活の中で心配したり格闘したり苦悩したりしながら何とか己れの生存を確保しようと一生懸命になることを、敬虔主義的な言説は強欲だの自分勝手だの利己的だの無知だのと侮蔑的な価値付けをします。そこから、幾らかの人々の心に「私たちは世の中に汚されず清廉なのだ」という僻見を生じさせ、大衆侮蔑を大衆の中に植え付けていく。それにより、支配者は、体制の無能が引き起こした社会の歪みに対する大衆の反抗を骨抜きにして、体制に媚びる連中をこそ清白な人々と褒めそやしていく。従って、宗教的敬虔主義の愚劣さは、単に議論の中の薄っぺらさに留まらす、社会そのものを動かしていく力を根元から腐らせることになるのです。だから、こうした敬虔主義批判は、社会の病理性をも視野に入れつつ考えていかなければならないとは思いますので、本書評では議論が見通しをつけておく程度で終わりにしておきます。
 話はがらりと変わって、本書の書かれた言葉の方に向かいますと、評者自身はカントさんについては素人なので、ヤハマンさんが色々と仰っているカント哲学は、本当に解説として適切なのか、どの部分は近くてどの部分は遠いのか、そういう点が非常に気になる所です。専門家であるなら、様々な資料や原典とヤハマンさんの解説を照合してそれについて語り得るのでしょうが、一般人たる我が身としては、せいぜいの所、自分の読んだものからしか判断できませんが、一つだけ。
 ヤハマンさんのカント政治思想理解は、先述したように「臣民は君主に絶対的に服従せよ」でしたが、カントさん御本人の物言い、例えば『永遠平和のために』では「全ての成員が唯一の共通の立法への依拠することの諸原則(臣民として)」(VIII,350.永遠平和のための第一確定条項)と述べているように、自らの役割を果たす中で理性的な法に適しているかどうかという点に議題があるのであって、隷属関係を強制しているわけではありません。まぁ、カントさんという方は、この『永遠平和のために』を読んでも分かりますが、結構な皮肉家なので、彼の発見を文字通りに受け取るのは如何かと。またもや話は脇道ですが、この『永遠平和のために』は、文章それ自体をお読みになるのは勿論のこと、各国語訳の序文や解説が時期や時流によって真逆のことを言っているので、『永遠平和のために』訳者の解説を時代別にして分析すると面白い政治思想の卒業論文になるんじゃないかと思いますが、一例だけ。1903年のCampbell SmithによるSwan Sonnenschein社から出版された英訳の序文では、徹底的にアラブ世界を敵対視していて、その排除こそが戦争の脅威をなくして一切の敵意を無にしうるために必要であると注で書いてます(cf. 10p.この他にもありますが)。これは見過ごせない愚劣な言説です。こうしたアラブ敵視が現代にも克服されずに保存されて更に強固なものとなっているからです。これは、今の私たちの問題は単に今という謂わば点で考察できるものではなく、その今ある問題を生み出してきた歴史的構造そのものを反省的に倒錯していく必要を喚起します。
 で、話を元に戻して、ヤハマンさん自身の物の見方がカントからずれていくその起点は、上述したような敬虔主義的な見方、すなわち、人間の生きる現実を観念的に天上と地上とに分裂させて天上こそ人間の現実であるという見方を展開させる点にあるように思われますが、この話の是非は専門家にお任せいたしましょう。一つ言えることは、カント自身は観念的なー哲学学派の分類用語である"観念論的"ではありません、念のためー問題座標から語っているわけではないことです。矢鱈と人に観念論は駄目だ唯物論こそが本当だとか吹聴なさる方々がおられますが、そうした方々の中に「個人的所有の再建」と言って、「再建」を原初の歴史の中にあったものと想定してそれを取り戻すという仕方で「再建」を主張なさる自称唯物論者の方々がおられますが、そちらの方がよっぽど観念的であります。つまり、その方々の物言いは、人間が生きている現場の中から問題を見いだすのではなく、よく分かりもしない人類の歴史法則なるものをでっち上げて、その絵空事の中で今までに存在したと勝手に妄想した個人的所有なるものを取り戻そうというものだからです。そして、ここにこそ、観念的傾向をお持ちの方々が皆、多かれ少なかれ独裁者を拝する体制ないしは独裁的指導者による統制を待望する心性の背景が見えてきます。つまり、観念的傾向論者は今までに存在した制度しか見ていない、というよりも今までに存在した制度しか考えられないからです。そうではなく、今までの制度にはないものを今の歴史的現実のうちに実現する。このことを目指すのが、人間の学問ないし知識であって科学的思考というものです。その意味で、カントさんは激しく観念的傾向に対立する思想をお持ちは方であり、彼の説く永遠平和というものが歴史的現実のうちで実現することを格闘しながら模索するものである限り、思想的な教養も素養もない自称唯物論者が観念論だの何だのと難癖つけうるような思想家ではありません。まぁ、言うまでもないですが。
 もののついでに、カントさんの哲学から学びうることをカント哲学の専門用語抜きに全く個人的な感想から言えば以下のようになります。人間は限りあるものだ。全てを見通せるわけでもなく、全てを成しうるわけでもない。与えられた限界の中で生きている。その限界の中には人間を押さえつけるものが蠢いている。それは、歪んだ物の見方である。見方が歪んでいるから、世界を作り上げる仕方も歪んでいく。だから、その歪んだ見方を叩く、徹底的に、根本的に。その歪んだ見方では、人間より先に世界を作る原理があるという。その原理に人間を合致するようにしなければならないという。しかし、その原理というものは、人間が作り上げたものではないか。人間によって生み出されたものであるなら、人間を超え出るものであるはずもない。そうだ、話は逆なのだ。問題は人間に在る。人間こそが問題なのだ。人間は如何にして物を知るのか。人間が物を知ることはどのようにして遂行されるのか。そこを考えていくー。と、個人的には浅知恵で読んでいますが、だからこそ、カントさんの哲学書は世界に今ある苦痛を癒して未だ実現されていない問題の解消を志向していく上での携帯本となりうるのです。
 せっかくなので、ヤハマンさんの著者から個人的に学んだことを。ヤハマンさんは老年期のカントと幾度となく、カント哲学の集大成たるものとなるはずであった著作について語ったと回顧しています。その内容は「形而上学の本来の物理学への移行」(24頁)であったとしています。私たちには『オプス・ポストゥムム』として知られる著作について僅かですが記載があることで、この作品を本当にカントさんは世に出したかったんだなというのが伝わってきます。細かい研究史は、『オプス・ポストゥムム』のスペイン語訳であるDuque,F.(ed.), "Transición de los principios metafísicos de la Ciencia Natural a la física (Opus Postummum)", Editorial Anthropos,1991の序文に書いてありますのでそちらを参照していただくとして、この序文や解説を読むと、本来的なタイトルは『自然学の形而上学的原理からの物理学への移行』とすべきであると論じられていますが、個人的には確固としたタイトルを付けるとそういう著作ないしは纏まったコデックスをカントが用意していたかのような印象を与えかねないので避けたいとは思いながらも、一般名称たる『オプス・ポストゥムム』ではカントさんの思いを伝えることはできないのではないかと危惧するので、個人的には『自然学の形而上学的原理からの物理学への移行・草稿』(以下『移行草稿』)という呼び方を今後の人生で言及する際には使用したいなと思わせてくれたのはなかなか良い刺激でした。またもや、話は脇道ですが、この『移行草稿』について、イタリアの新スコラ学者として名高いSofia Vanni Rovighiさんによる"Introduzione alla Studio di Kant", Editrice la Scuola, 1968の前書きで、それを扱わない理由を2つ書いてますが、要するに老齢カントの言説なんぞに意義はないと一蹴してます。この新スコラ学者の著作、偉大なるカトリック教会の基盤たる新スコラ哲学を学ぶ上で障害となるカント哲学を批判するためにそれについて根本から見直すという性格を持っているので、かなり詳しくカント哲学の背景やらその視座やらを解説しています。ただ、『移行草稿』を扱わない理由にカントの年齢を挙げるのは失礼じゃないですかね。若かろうが年取ろうが、その時に応じてその人が格闘しながら編み出したものが思想です。その編み出されたものが気に入らないというなら仕方ないことです。だとしたら気に入らないと言えばいい。それを年齢だとか体力だとかを理由にする辺りに、新スコラ学者の思い上がりを感じます。まぁ、自分が計る秤で今度は自分も計られるのでしょうから、ご自分の老年期の言説は意義のないものだと言うことになりますよ。でも、そんなもんじゃないでしょ、人は。考え方が年齢によって変わったり表現が違ったりはするでしょう。だからと言って、年取ったから思想は先鋭的でなくなる、そんな偏見を内心にお持ちの方がよくもまぁ学者なんぞと言ってられますなぁと感心しますよ、ええ。
 カントさんが年を経てもなお、その状況の中で絶えず格闘していたことはヤハマンさんの記述からも分かります。現代風に言えば、認知症の症状に悩まされて、あれ程親しく語り合ったヤハマンさんの名前すら忘れてしまったカント。しかし、それでも、何とか思い出そうとしたり、忘れないようにメモを取るようにしたり、そうやってカントは自分の状況に抗っていた。こうした事実をヤハマンさんの記述から読み取る時、私たちは本当にどんな状況であっても思想を紡ぎ出せること、どんな状況であってもそれに抗っていかねばならないことを学びます。色々とヤハマンさんの問題点を書いてきましたが、この年を取ったカントの生き様を描いた場面は非常に読み応えがあります。最後の章は是非ともお読み頂きたい。そして、今の日本が抱える後期高齢化社会というものを見つめ直すための考える一助として頂きたい。そんなことを本書から感じました。