フィヒテ『浄福なる生への指教』書評あるいは『ヨハネ福音書』批判
以前に"Die Anweisung zum seligen Leben"の書評をAmazonさんで書きまして、それを加筆したものを載せます。長くなりすぎてしまいましたが、今回の加筆での問題意識は、よくある哲学史の"教科書"では、1804年知識学以降のフィヒテは宗教哲学へと傾倒した、それは『ヨハネ福音書』に"影響された"からだと記述されていますが、それって本当にそうですかという点です。
とりあえず以前の書評の再録がてら、この『浄福なる生への指教』のあらすじを書いてみますと、この作品はフィヒテの1806年の宗教論についての講義。フィヒテは自身の哲学である知識学を深化させると共に、それを現実において実現しようとして幾つかの一般向きの講義や著作を世に出しています。その企画の中で宗教という人間の営みを扱ったものが本書であると言えます。
本文は宗教哲学的な体裁をしているので、宗教好きな日本人の琴線に振れるようで、その手の方々に好まれるようです。しかし、本当は無宗教あるいは宗教嫌いな方にこそお勧めしたい。日頃は「宗教なんて…」と斜に構えている人ほど、いざ宗教的な文言に出会うや否や、ころっとやられる傾向があります。ですので、本書を読んで目眩をするような宗教的言説に耐性をつけておくのがそうした突発的事態への予防となります。自称マルクス主義者の方々にも「マルクスは宗教を阿片と言っているが阿片は薬になるのだからマルクスは宗教を良いものだと言っている」だの、「マルクスの著作には宗教は阿片であるとは一回しか出ていないから宗教批判を止めた」だのと無茶苦茶な論旨で宗教とは何かを分からないまま迎合しようとされる向きもいらっしゃるようですが、そんな程度の見識だと政治批判もままならずに議席が寂しくなるばかりですよとは余計なお世話ですが、とにかく宗教とは疎遠な方々こそ批判的にお読みになって自己の言説を洗練させるためにも有用です。
そもそも、本書は只の宗教論ではなく、宗教を通した人間論であり、従って、社会哲学への視座を開くものとなっています。フィヒテは、彼の同時代の状況を記述し、その性格を明らかにします。その上で、時代を超えて、そこに別れを告げることを宣言します。そして、そのための手段を提示します。こうしたことを進めるために、聴衆に事実を事実として見つめる勇気を持つようにと促します。このことからも分かるように、フィヒテは自らの生きている時代を変革のための足掛かりとしています。人間が人間として生きられるように、それを阻害するものを憤慨して抗っていく、本当に大切なものを実現できるように変えていく、こうした事柄を遂行するために宗教というものが必要となる。従って、フィヒテは宗教を、昨今の宗教好きな手合いがやるような心が豊かになるようにやら日々感謝して過ごせるようにやらといった甘ったるくちゃちな心情に訴えるようなことは一切せずに、むしろ現実の変革への義憤の礎としていると言えます。
しかし、フィヒテは大声で「反対!」と叫ぶだけの拡声器を製造するわけでもありません。彼は、自身の哲学である知識学を基礎におきながら、幾多の「私」は絶対者たる神の現象であって、絶対者の実現を導くものであると語り出します。そこにおいて中心となるのは「愛」と「自由」であって、その現実化とは、今は価値があるかのように見受けられる物や事が本当にそうなのかを批判して変革することである。そして、こうした変革を遂行していくことにこそ、浄福なる生があると述べていきます。このように本書は宗教論を通して、それを超え出て、多様な問題を考察するように導くものとなっています。
そして、本書では1804年知識学において重要な論点となっているとされている『ヨハネ福音書』が取り上げられています。ですが、実際読めば分かりますがこの解釈はフィヒテだから許されるのであって『ヨハネ福音書』の解説としては噴飯ものです。哲学者が聖書を読むと、そのテキスト自体に何が書かれているかよりもそれを自分ならどう読むかに力点が移るので、もはや原典の視座とは重なり合うわけもありません。話は脇道ですが、岩波文庫で出ている日本語訳の改訂補訳なるものが別の出版社から発行されており、その解説を"司祭様で教授様"ー某出版社の帯を参照ーなる御方がお書きになられているようですが、御自分の使命としてこの辺りについて一言指摘すべきではないでしょうかね。それとも、まさかとは思いますが、フィヒテの『ヨハネ福音書』解釈が聖書を読む上で手助けになるとでもお考えなのでしょうか。いずれにせよ、司祭様であるなら一番に気になるのはあの壮絶な抵抗を生き抜いたイエスの生き様のはずです。それが、哲学的解説のほうが大事とおっしゃるなら、イエスへの思いや聖書の読みが軽薄なんだろうなと勘ぐられても仕方ないのではないでしょうかーそうしたことには思いもはせずに、宗教的儀式やら儀礼やら権威やら教義やら果ては世俗的な権力やら地位やらに普通では考えられえない程の貪欲さをお示しになられる方が名声を得るのが世の常ですがそれはさておくとしてー。あるいは、こうした態度を仲間内や隷従的信者は禁欲的に研究されていて素晴らしいと賛美されるのかもしれませんが、その人の使命感が滲み出てこないような言わば血の通っていない冷たく表面的な言葉に意味なんぞというものがあるのか疑問に感じない信者心の方こそ疑念を挟まざるをえません。さらに言えば、かの方は本書を貫くフィヒテの人間への不当な扱いへの義憤のような熱情が瞬間冷却されて提示しています。それはそれで思想の自由ですので御自分がそういう思想をお持ちであるなら御随意になさって下さればいいのですが、フィヒテ自身もそうだと言うのはお止め頂きたい所です。まあ、枕する所もままならず今日の食事も割引弁当が買えるかどうかすら危ぶまれる、そんな金銭的困窮に悩まされることのない祭司階級におわします方やそれに隷属することを自らお望みになる道化の方々には、今の人たちが本当に直面している痛み苦しみはお分かり頂けないでしょうけれどもーただ、もし今の賃金労働者の日々の生活困窮についてご理解頂けないのなら、それはイエスの「日ごとのパンを我らに」という文言もご理解頂いていないことにはなりますー。
とまぁ以上のようなことを書いたわけですが、勿論こうした言い回し以外に例えばフィヒテの以前の知識学との関係から本書を定置することもできるでしょう。すなわち、人間の絶対的に無条件的な人間の知の原理、それ自身は他の何にも依拠せずに全ての知が依拠しうるところの原理、あれこれの事柄ではなくて決定的な根拠たる知、そうしたところを思考する営みの中で、問題は根源たる"一"とその現れとしての"多数"とをどう扱っていくかは問いとなっていきます。で、そうした構造を成り立たせ得る知としての概念に着目すれば、絶対的な一者とそこから発生する世界内的な現象との構造を解き明かすことで自らの問いを進めていくことができる。こうした流れとして専門的な"哲学"として論じることもできるでしょうが、これについては語る余白を持ちませんので問題提起に留めます。そうしたことよりも個人的な問題意識を進めます。
とりあえず、以下でフィヒテが『ヨハネ福音書』について語っている場面を摘まみあげながら、彼が『ヨハネ福音書』を"誤読"(あるいは"曲解")していることを見ていきたいと思います。なお引用はFelix Meiner, 1994年版から。フィヒテは、『ヨハネ福音書』の序言は、福音書全体から考えるべきであり、それとの連関においてのみ概念化されるべきであるとのべます(90s)が、もうこの時点で失笑物、というよりも本気になって言い換えれば福音書の文言をその内部から逐一考察する気がないなと感じさせる記述です。というのも『ヨハネ福音書』の序言、俗に言うロゴス讃歌なるものはー福音書自体をじっくり読めばこのロゴス観念が以下で全く展開されていないことが非常に明確に分かりますがー福音書著者が洗礼者ヨハネについて彼の教団が言っていたことを、「いやそうではない、イエスこそが光なのだ」と言うために持ってきた詩文であって、福音書本体には何の関わりもない部分です。実際、この詩文の内容が福音書の中でこれ以降展開されることはありません。その意味で、これをヨハネの思想、あまつさえヨハネとのみ哲学者は一致しうる(88s)とか言っちゃうあたりに哲学的解釈という仕方の薄っぺらさが浮き彫りになります。ただ、フィヒテの見方に五分の正しさもあり、それはこの序言をキリスト教という歴史的に特殊的な集団にのみ妥当する事態ではなく、全ての時代に当てはまる(89s)と言ってる点。すなわち、このロゴス讃歌はキリスト教以前にヘレニズム世界で流用されていた理念からの派生したものであって、キリスト教内部の神学的教義主義とは無縁の精神で作成されており、それを洗礼者ヨハネ教団が借用したというのが本来的な事情。この事情をちゃんとは理解していないようですが、狭いキリスト教絶対主義者から解き放つ見方は達見だなと思います。
で、フィヒテは『ヨハネ福音書』序言の文言を解釈していきます。ユダヤ教的創造論とこの序言は全く異なる事態を語っているのだと彼は語りますが、しかし、『ヨハネ福音書』作者ー因みにこの福音書の作者はゼベダイの子ヨハネでもなければエイレナイオスがごっちゃにしちゃった長老ヨハネでもありません。なんならゼベダイの子ヨハネは21章以外この福音書には登場しません。それを口実にこの作者は奥ゆかしい人物で自分の名前を出さなかった的な話でゼベダイの子ヨハネだと強弁する輩もいますがご冗談を。ゼベダイの子ヨハネと言えば兄弟のヤコブと一緒になってイエスが栄光を受けた暁には自分たちを右と左においてくれ(vgl.『マルコ福音書』10章37節。マタイの並行箇所だと別人が言ったことになってますが)と宣った御仁ですよ?そんなんがそんな清淑な振舞いする訳がないでしょうにーはこのロゴスについて思弁的に思惟していません。全くもってこのロゴスが何であるかについては興味がない。確かに、フィヒテの指摘のように天地創造についてこのロゴス讃歌は云々していません。ロゴスは神であってそれにおいて生命が生じたことを述べているだけです。そして、こうしたロゴスの神化は古代世界の様々な様態において見られるのであり、『創世記』世界観とは違うもの、その範囲しか私たちには語られていないのです。従って、フィヒテは話を拡張させすぎ、胃もたれを起こしかねないものとなってます。話は脇道で、フィヒテ理解でちょっと考えておきたいのが「それによって」durchの使い方。周知のようにdurchという語をフィヒテは1804年知識学第2講義で用いて彼の思索を展開していますが、彼のdurchを理解する足掛かりになるのかどうかをいずれ考えたいかなと。この『ヨハネ福音書』の「それによって」、これをたまに「媒介して」と訳す向きもあるようですが、前置詞dia+属格名詞はその名詞が空間や時間に関わる語以外なら行為の原因を示しますー翻訳者の皆さんはまともな辞書を見ましょうよー。従って、ここで語られているのはロゴスを原因として生命が生じたということ。まぁ、これをキリスト教的ドグマ主義にかこつけて読もうとするから、つまり創造の主体は神であってロゴスはその仲介者に過ぎないとしようとなさるからそんな無茶な翻訳になるわけで…、話がずれたので戻します。
フィヒテはロゴスを言葉だけでなくその知としての意味を指摘しつつ、言葉の内的で絶対的な本質からそれが在るIstことを述べていく(92s)のですが、そんな話は福音書序言には書かれていないばかりか示唆されてもいません。だいたいこの在るseinにしても力点はロゴスが神のもとにあった即ち場所やら様態やらを語っているのであって、現存がどーのこーのではありません。ついでに言うと日本語の諸訳はこれを「神と共に」としてますが、prosという前置詞にそんな意味はありません。ただちょっと面白いのがpros+対格名詞をeimiと一緒には普通は用いない点。これを使うのはパウロとマルコ。ブルトマンの註解書によればセム語の影響による用法ではないかとのこと。で、『ヨハネ福音書』作者はこのpros+対格名詞は行くとかの動詞と共に方向を示す意味で用いており、eimiと一緒には使いません。ここからも序言と作者は違う言語感覚を持っていること、つまり只の借用に過ぎないことが分かります。だいたいフィヒテのドイツ語もbeiなんだから日本語聖書にそこまで忖度しなくても、ねぇ。あと、ここで「神であった、それは」と述べるようにロゴスは神であること以外は語られていないわけでフィヒテがごちゃごちゃと哲学用語を並べていくようなことは一切含まれていません。何でこんなにフィヒテさんは我田引水を繰り返すのか、まぁそこは追々考えていくとして、次の話ではフィヒテは『ヨハネ福音書』1章3節を引用しつつ、ロゴス=言葉を概念として定置して自説に接合させてます(93s)が、さっき言いましたようにそんなことは原典には内包されていないので、もうここまで風呂敷を拡げるなら最初から『ヨハネ福音書』なんぞ出さなきゃいいのにと思わなくもありません。
で、このあとはフィヒテ自身の思索を展開させながら突如思い出したように『ヨハネ福音書』の幾つかの箇所をちまちまと引用して解説していますが、彼が主張したいことと合致している文章を文脈から解離させて拝借してくるだけなので、どれもこれもが空中に浮いてしまっています(97s以下)。せっかくなのでこちらも最後まで付き合うとしましょうか。まずは、1章18節。一応、多くの学者が指摘することを先に言えば、この『ヨハネ福音書』には原著者が書いた作品に後から書き加えた「編集者」(Bousset, 1921が元ネタだそうな)がいて、そしてその編集者の意図は教会教義やら儀礼やら自分達の正統性やら自分達以外の排除を矢鱈と書き連ねることにあります。で、この箇所、verkuendigenという語の元のギリシャ語はExegeseの原語、つまり宗教的教義の釈義であって、しかもそれは信者以外を排除して為されるものであり、従ってこの箇所は非常に狭隘で独善的な事態を示していて、その意味で編集者の手によると言い得るのです。この編集者の意図は野暮で不粋な物言いをしてるのでじっくり読むと明らかに分かる部分があり、その一つがこの箇所。しかし、それを『ヨハネ福音書』作者の視座と同じものとしてしまうフィヒテさんて一体何なんでしょうか。
次は、5章19節。子の自立性は神の生のうちになんちゃらとか言ってますが、もうこういう格言的な引用はお止め下さいよ。この箇所、全体として言いたいのは『ヨハネ福音書』の中で繰り返されてる裁きkrisisー批判Kritikの原語ーの話。その裁き、教会教義主義者が語るように世の終わりにキリストが再臨して審判を行うとかいう話とは全く違う視座。裁きは"今"なのである。今イエスとどう向き合うか、そこにおいて各人は規定されているのだ。未来に因果応報的な悲惨な報いが与えられるのではなく、イエスに向かう態度、それにおいて各人の在り様は定められている。イエスを無視して背くという態勢それ自体が各人の状況を決めている。イエスから離れているというその振る舞いこそが哀れむべき事態そのものだ。この"今"の決断が人の実態なのだ。これを『ヨハネ福音書』作者は言いたいがために手を変え品を変えて語っているのであり、その過程で、ではなぜイエスとの向き合い方が裁きの根拠となるのか論に関わる際にこの箇所の記述になるわけで、フィヒテさんの哲学思考の正しさを保証するためのものではありません。
そして、10章28節以下。フィヒテの言葉では何だか「お前のものは俺のもの」みたいな話でドラえもんのジャイアンかなと感じなくもないのですが、ここで問題が。30節の"一つ"という概念、これが連発されるのは17章の20節近辺。で、この17章というか15章から17章、これ全部が偏狭な編集者の手によると結構な研究者が指摘してますーCullmanの概略書によれば、Wellhausen、Meyer、Richter、Becker、Dodd、Barrett等の名が挙がっていますー。とするとこの30節も編集者の挿入と見なし得るかも知れません。これ以外にも日本語訳だと10章16節で「一つの群れ」という言葉が出て来ますが、そちらは不定冠詞による表現、こちらのように数詞的な用語化しては使われていません。この17章問題は後でも出て来るので後述するとして、この箇所の主眼は羊と羊飼い、イエスと人々の関係を述べています。ここの箇所に関連して先ほどの16節では「他の羊」もいると言ってます。すなわち、キリスト教徒以外の人々もイエスには与えられている、イエスにとってはキリスト教徒ー非キリスト教徒という排他的分離は意味がない、イエスは文字通り全ての人々に向かっている、そうした視座が語られています。その意味で、フィヒテが『ヨハネ福音書』を全ての時代に妥当する絶対的な部分と歴史的に特殊的なキリスト教徒にのみ該当する部分とに観念的に分断して解釈しているのは稚拙というか未熟な読み。『ヨハネ福音書』作者は端からそんな分断にかかずらわっておらず、イエスによる無区別的な人々との連なりこそ主題になっているのです。その根拠として、イエスと父との現実の関係を論じているのがこの箇所、一つだのという人間が作り出した観念ではなく実際にイエスはどういう振る舞いを為しているかが主題。こうした人間によって作り出された観念と現実的事態との差に基づきなから、信者ー非信者の区別は人間あるいは人間の作り出した教会制度に由来するものだ、そうした批判的視座も福音書作者は展開していると考えられますが、さらに作者は使徒を自称する連中を含めた宗教的指導者を12節で「雇われ人」と表現して、そうした輩が自分たちの都合に合わせて「羊」を見棄てると断じています。ここからも福音書作者の鋭い知性が見え隠れします。それに比べて、こうした文脈には目もくれずに「一つ」という抽象的観念を賞揚するあたりに哲学者風情の興ざめた読解の内容が露になってます。
そして、次がネガティヴな意味でのフィヒテ解釈の真骨頂。6章53節(98s)をポンと挙げてますが後から(100s)続く文言も付加的に講釈なさるのでここで纏めて言います。ブルトマンの指摘を待つまでもなく、この肉だの血だのといった聖典礼に繋がる教義の羅列は典型的に編集者の書き込み。ブルトマンはBoussetやWellhausen等も同様に編集者の手によると論じていると言ってますが、普通に読めばこの辺りの文言がそれ以前の記述と明らかに異なっているのが見えてきます。すなわち、パンについて語り、そしてそのパンは「生命のパン」であるとしてイエスについて論じている作者は、イエスを万物が生けていけるものとなりうる生命の要因として定置しています。つまり、現実のパンと人間の生活の関係からイエス生命のパンとしているのです。翻って、この編集者が宣うのは「生けるパン」、パン自体が生きている、別言すれば神の子たるキリストは永遠に生きているという神学的教義からパンについて釈義しています。そして、このパンつまりキリストの肉を食べなければ救われぬ換言すればキリストの肉を食べる為に教義や教団に隷属しなければ滅びるという脅迫まがいの排除思想を嬉々として語ります。そもそもこの『ヨハネ福音書』作者は、洗礼だのといった聖典礼に全く興味がありません。後にカトリシズムにより設定された聖体祭儀の文言(『第一コリント』11章22-26章)を『ヨハネ福音書』作者はどこにも記しませんし、『マルコ福音書』14章22以下に見られる最後の晩餐での伝承も出てきません。洗礼についても同様、イエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けた話を削り(1章29節並びに32節を参照)、洗礼を授けて有り難がっていたのはイエス本人でなく弟子集団だった(4章2節)と語っているように、そうした聖典礼を有り難がたがっている連中に対して冷めた感覚を持っています。そうした落ち着いた作者自身の記述ではなく、編集者による浮わついた排除的儀式宗教性に目が向かうフィヒテさん、本当に読みましたかと訊きたくなります。
さらに、5章24節。ここはフィヒテさんの指摘は的確。つまり、最後の審判の時に生だの死だのといった裁きが下るのではなく、そうした決定的な裁きの時は"今"であることをきちんと話しています。こういう慧眼を持ちながら次でまたやらかします。
はい、8章51節。何やら人間は絶対に死なない(99s)んだそうですが、それって比喩ですよね?『ヨハネ福音書』作者が語る永遠の生命というのは此の世の偶有的な事情や欲望に流されることのない揺るがぬ永遠の真実がイエスとの関わりの中で与えられるという話であって、人の体が霧消しないということではありません。それに、この箇所では言葉を守るなんて物言いが出て来ますがこれは先ほど指摘した15-17章で嫌というくらいに垂れ流されます。つまり、この箇所自体が編集者の手によるわけで、こうした言葉使いの違和感についてまでは読まないことに慣れきってるフィヒテさんらしい読みになってます。
そして続く11章23節以下、ここに至ると作者に無作法なんじゃないかというくらいに明後日の方に目が行きます。ラザロの復活の話に関連するマルタとの会話。この『ヨハネ福音書』作者は或る意図を持ってイエスの奇跡物語を描いてます。最初は水を葡萄酒に変える話からパンを増やしたり病人の癒したりしながら究極的場面としてこのラザロの復活に至ります。イエスは神の子であり従って人間の思惑には押し込めない存在であるがゆえに、彼が居る場面では人間の目には奇跡としか思えない超理性的事象が起きてしまう。だから、そんな奇跡に執着して有り難がたがっても仕方ない、大事なのはイエス自身だ。このラインに沿ってイエスの奇跡物語を書いています。別言すれば、イエスの内実を示すための舞台装置として奇跡を示す。すなわち、イエスの永遠的真実性とイエスの実際に生きた足跡とを奇跡物語に落とし込もうとするのです。しかし、それが決定的に無理をきたす或いは破綻してしまう場面がこのマルタとの会話です。
イエスの奇跡が起きるのは人々の苦しみが先にある。奇跡とは所詮誰かの不幸を前提として成り立っているのだ。だが、実際に苦しんでいる人々に高尚で崇高な理念をぶつけた所で何になるのか。そもそも人々が苦しまねばならぬ現実を変えられぬのであればそれを本当に超世界的な"神"と呼べるのか。この問いが、恐らくは福音書作者自身が持っていたその問いがマルタの口から語られる。その最後の答えをフィヒテは記さない。このことは案外とフィヒテも気づいていたことを示すのではないかと思ったりします、つまり、どんなに超越的な真理だの理念だのを担いでいたところで苦しみに喘ぐ人々を救えやしない、宗教的教義なんてものは人間の苦しみには何の意味もないという当たり前の事実に。フィヒテが記さなかった最後の答え、それは「はい主よ、私は信じてきました」(28節)。以外ずらずらと教義内容が言われます。信じた、信じてきた、で?それが一体何になるのか、苦しみ死にいく人間を止められやしないではないか、それを真理だの道だの生命だのなんて呼べとでも言うのか、ましてやそれを崇めろと?このマルタの答えには、何時の世にも叫ばれている無数の溜息が込められています。実際、これに対してイエスは何も言わない。そして35節では「涙を流した」。自分の友人の死を前にした己の無力さにか、或いは超人間的な神学的教義主義者として無理解な人間にか。この作者は明らかに前者を見ている。つまり、このイエスは人間そのもの、悲しみを悲しみとして受ける人間になりきっている。ここには神の子キリストの姿はない。しかし、直後のラザロの復活の場面では機械的に奇跡を起こして立ち去っていく。『ヨハネ福音書』作者自身がもはや書き切れていないのです、私たちと同じように生きたイエスと超越的な実在たるキリストとの刷り合わせを。この福音書の興味深さはむしろここにあるのです、人間が宗教的真理を描こうとすることに纏わる虚しさを分からせてくれることに。フィヒテはここに興味がないご様子、まぁ哲学者というものはそういうものだと言ってしまえばそれまでですが。
フィヒテは『ヨハネ福音書』をつらつらと語ってきたまとめ的に17章20節を持ってきます。何度も触れましたようにこの箇所を含む15-17章の書き手は作者でなく編集者であり、そこには自分たちの教義に従わない者たちを排除して攻撃するという宣言が稚拙な文章で宣言されています。この15章について、かのカール・マルクスがギムナジウムでの宗教科課題論文として扱っていて、この論文について廣松渉『青年マルクス論』にて人類の福祉や自由といったものが入る余地のないものと評されます。つまり、まともに編集者の文言を扱えばそこには自由が介在しうる場などない抑圧と隷属のみが残留することになるのです。この廣松解釈について詳しい論評はこのブログの最初の記事になってますから繰り返しませんが、この『ヨハネ福音書』箇所に関する解釈自体には議論すべき事柄が多々あるとはいえ上述したマルクス論文から見出だした自由の余地の無さについては受け止めておかねばならないでしょう。とにかく、真っ当に編集者文書に対峙すれば違和感を覚えずにはいられません。しかし、それを自説の補強に使うというなら、フィヒテの唱える自由とは一体?これに続けてフィヒテは『第一ヨハネ書簡』の冒頭まで持ち上げてきますが、これとてきちんと読めば自分たちこそが正しく自分たちに隷属しない者は異端であるとして排斥する意向でもって書かれています(Heitmuellerの『ヨハネ福音書』註解を参考に)。フィヒテさん、あなたは本当に『ヨハネ福音書』の文言に本気で向かい合いましたか、その上で彼らの言う他者排除思想と御自分の自由の体系とが結びつくとお考えですかと問い質したくなります。
おそらく、フィヒテ自身が最も言いたかったことは以下の文章にあるでしょう、すなわち「人は全く彼[イエス]自身にならねばならぬ(muessen)」である、「人はイエスを到達できない模範として、少しずつ遠くから、単に模倣すべき(sollen)」ということではない(100s)と。後の作品である『国家論講義』でも類似の表現が出て来ますが、フィヒテのキリスト教観はここに集約されると思われます。神だの教祖様だの救い主だのと有り難がたがってるだけでは意味がない、自分が己の信じるそれ自身にならねばならぬのだ。これは宗教批判としても真髄を貫く主張であって、この優れた見解は人類史上の非凡な多数の人物ーウィキペディアに名が残されている有名人か否かは関係なく例え農村に住む民であろうと秀でた人物はまさにここに立脚して自分を抑圧する力に抗っていたのですーと同じ視点です。しかし、これを展開しうる人物がなぜこんなにもどうしようもない編集者の文言を賞賛したり自説の正しさの論拠としたのかは謎です。
仮設的に述べるなら、フィヒテは本気で『ヨハネ福音書』に学ぼうとしたのではない、ということです。最初に言ったように、そこらの"教科書"的記述ではフィヒテ思想の流れを図式化して、1804年知識学以降を宗教哲学へと傾倒していき、そこでは『ヨハネ福音書』から"影響を受けた"と設定しています。が、本当にそうですかとは最初にも言いましたが、じっくり見ていけばさらに疑念は深まります。あまりにもフィヒテ自身の思想とフィヒテが挙げた引用箇所との落差が激しい。とすると、"影響を受けた"という理解が間違いであり、フィヒテは自説を展開する上で『ヨハネ福音書』を"利用"したのだ、と。フィヒテは無神論論争に巻き込まれて自身の知識学を展開する道筋を阻害された過去を経験しています。だから、あらかじめ無神論ではないと予防線を張るために教条的神学者連中がこよなく愛する『ヨハネ福音書』を取り上げたのではないか。まぁこんなふうに思うのです。
とはいえ、なぜ『ヨハネ福音書』であってパウロ書簡等の教義的文書ではないのか。これはフィヒテが論じるように、『ヨハネ福音書』が創世記的創造論から距離を置いているからです。フィヒテは若い頃の『全ての啓示批判』で形而上学的創造論者に抗い、一者と世界内的な多数者との関係性についての理性的言及の不可能を語っています。そして、絶対者とその現象としての多数者を主題としている1806年現在において創造論批判を再展開していく、そのための絶好の主題がin principio erat verbumなわけです。そこで主題とされる信は創造教義に基づく信のような過去やら根子やらにしがみつくものでなく、真理に向かう或いは今ここにおける信なのです。とまぁフィヒテさんの思惑に寄せて書けばこんな感じ。他の哲学者への批判もそこには入っているでしょうが、課題は人間的本質と神的本質の絶対的合一にこそあって、その過程として受肉したロゴスたるキリストとの一致を考えていたのだと思われます。確かに、この点においてフィヒテと『ヨハネ福音書』が類似しているのですように思えます。すなわち、フィヒテにおいては人間的本質と神的本質の一致が実際にはどのように遂行されるかが本来的には語り得ていない。ただ、これはフィヒテ哲学の弱点ではありません。問えぬものを問えぬと定置して問うことから放れる、これは学者としての真正な態度です。問えぬものを問えるかのように語り出すのは只の思い上がりに過ぎません。こうし或る種の自己陶酔的な情熱によって自分の思いや考えが先行しすぎてしまい、適当に『ヨハネ福音書』を摘み食いした結果がしょうもない聖書理解になったのだと。
従って、何の批判も反省もなくこの時期のフィヒテの思惟を"『ヨハネ福音書』から影響を受けた"として御自分たちの信奉なさる関係される宗教一派に阿るように設定される御仁は、結局のところかの編集者と同じような排他的独善主義研究者に過ぎないという内実を問わず語りに示してしまっているのです。すなわち、以前に書いたこの著作の書評にある言葉を繰り返せば、「フィヒテによる本書は人間を選別する試金石になっています。自分が見ている世界、考えている事態、そうしたものは本当に現実を捉えているのかどうか。いや、そんな現実なんてどうでもいいよ、哲学の研究はそんなものではないさ、等々と嘯いて御自分の地下室に閉じ籠るのも結構です。そう言えば、以前に宗教哲学関連の教授様が"私は他人の人生を一声で無にできる程の力を握っているのだということを感じて幸せな気分になれる"と宣っておられました。そういう連中に限って、真理がどうの神がどうのと話したがります。しかし、その程度の見識で見抜けると考えるようなものが本当に真理ですか、その程度しか言えない頭で真理なぞ考えられますか。それを含めてこう問うべきです、本当に自分は真理なぞというものを知るのに価する人間なのだろうか、と。さらに、問いはさらに続きます。真理を知ることは誰もが安心して食べて寝られることよりも本当に大切なのか、目の前で誰かが苦しんでいるその時にそれを取り除くよりも真理を知ることは重要なのか、だいたい真理を知るなんぞと言っていられる環境に暮らしているのは何人もの名前も知らないような人たちの苦しみ痛みを踏みにじっているからではないか。だとすれば、真理を知るという営みにどれ程の意味があるのか。そして、こう問うことになるでしょう、「真理とは何か」(『ヨハネ福音書』18章38節)。そんな様々な点を、私たちは本書を読むことで絶えず問われているのです」ということです。
まぁこの著作については色々と論じねばならないでしょう。それはいずれ、また。
貧しき者たちの政治哲学ーオッカム政治哲学序説ー
William of Ockham, "A Short Discourse on Tyrannical Government", McGrade, A. S. (ed.), Kilcullen, J. (tr.), Cambridge University Press. 1992.の書評。他のところと同時掲載。因みにこの英訳は、変な訳語を生み出さすに丁寧に訳されているのでラテン語から離れておらず、名訳。
オッカムのウィリアム(御本人によればGuilhelmus de Ocham)による教皇権力拡大に抗する書。当時の教皇連中が財力や政治力を最大限に利用(悪用?)して宗教権力の拡大を邁進する際に、目障りとなる福音的なーつまりイエスの生き様的なー貧しさ("清貧"て訳されますが元の言葉に"清"という接頭語はありません)を追求せんとする人々への抑圧を強めていく、そうした中での論争から生まれた著作です。様々な言葉に翻訳されてますが、この著作は単に歴史的な文献ではありません。この書がもたらした視座は単に教皇権力と世俗権力との闘争に留まらず、宗教改革を単に宗教的論争から狭い視野で見るのではなく、様々な仕方で抑圧してくる権力者の占有から個々人が自由を手にする社会的闘争の宗教的分野での現れとして正しく捉える時、まさにその人がその人として生きる為の抵抗的言説として読むことができます。なお、この本の話になると必ず同時代的な人物としてパドヴァのマルシリオが出てきますが、アンコーナのアウグスティヌスさんによる教皇権の宗教的内容への制限に関わる議論が歴史的には先達に当たるので、下手に知った話をなさりたいのであればそちらの名も出さねば片手落ちになりますよ、宗教好きな先生方。
ちょっと前、中世という特殊な歴史的・社会的状況の中で様々な抑圧や権勢に抗いながら人々が紡いでいった知の営みである"中世の哲学"を、それ自体は非常に近代的な絶対的普遍性的な志向の下で抽象化した"中世哲学"へと加工した著作が書店に並んでまして、その中にオッカムがどーしたこーした的な文字が書き込まれてるみたいでした。が、他人様が自らの生を貫きながら吐き出した抵抗の言説を御自分の便益の為に曲解して利用するという謂わば思想的事態における物件化を邁進なさるような思考では、決してオッカムの理解どころか一瞥すらできないでしょう。というのも、その文章では単に論理的な視点からのみの検討でしかなく、その意味でオッカムの一面だけ、しかも見映えのする場面のみを切り取ってるだけになるからです。或る人物を理解するということは、その人物が生み出した言葉をその発さられた地平へと戻しながら、あたかも同じように歩むかの如くに考えていかなければならないのに、です。インスタ映えするところだけが和歌山じゃない、そこに人が住んで息づかいのする場所全てが和歌山なのに、SNS越しに見る景色だけでは見えてこない所にこそ、現実のそれがあるのです。このオッカムの政治的著作はまさにそうした小綺麗な哲学の教科書的記述からは抜け落とされる、しかし、だからこそまさにオッカムさんが考えて抗っていた事態へと近づくことの手がかりとなるのです。
この著作について述べる前に、オッカムさんの思想全体を貫く視点について一言。現状のオッカム談義はキーワード的観点から流通しているようです、オッカムの剃刀やら唯名論やら神命論やら何やらと(cf. Kaye, Sh. M., "Medievale Philosophy", Oneworld Publications, 2008)。ただ、そのキーワード相互をどう関連づけて理解するかが今一見えてこない。或いは、オッカムはそのキーワード的思考を用いて何を示そうとしたのか。若しくは、そのキーワード的思考をなぜ用いねばならなかったのか。一つ一つのキーワードに関する講釈に長けた御仁であっても曖昧な記述になってしまいます。そもそも或る思想家を一つのキーワードで包括しようとするなんぞは無理な話で、どうしても零れ落ちる部分が出てきます。と、これはあくまで真摯な研究者の場合。最悪なのは、教条的な教皇派とそのシンパの教授様。やっこさんらは、オッカムを御自分たちの御立派な教義体系から排除せんとされるばかりで、謂われ無き汚名をオッカムに貼りつけては彼の思いを無化せんと躍起の御様子、まぁ色々と詭弁を弄しては自己満足なさっておいでで、とりあえずそうした輩に目を付けられぬように心がけたい限り、くわばらくわばら。
彼にまつわるキーワードを少し見ていくとして、まずはオッカムの剃刀。例えば、海外ドラマ『メンタリスト』2ndシーズン「ギャングの血」の中で「何か論理学の話みたいなんだけど、基本的には事態の解決のためには複雑な事柄を避けるべきだってことらしいんだ」やら「最も単純な問題解決の手法がたいていの場合は正しい」やらと(吹き替え用の翻訳から原台詞に合わせて変えて引用)言われてますが、「必要なしに多を置くなかれ」として知られてます。この認識上の手続きに関わる言説は、世界を見る際に時として呪術的迷信に囚われてしまう目的論的世界観から脱却して、世界を世界として端的に把捉しようとする経験的見方への転換とも考えられます。ので、これについてオッカムがどう言ったの言わなかったのと論じられもしますが、問われるべきは本人がこれに関してどう語ったかというような衒学趣味的勉強ではなく、何故このような思考を彼は持ち出さねばならなかったのか、です。
次は唯名論。実在論者が観念の世界あるいは現実の世界に普遍的な共通の自然本性が実際に存在して諸個体はそうした普遍的自然本性の具象化であると主張するのに対して、唯名論は普遍的自然本性は諸個体の諸集団を記述する際の"名"に過ぎないと唱えるものだ的な内容を学期末考査で書いておけばバツにはならないでしょうが、やはり問題はオッカムがどのようにそれを展開したかよりも、そうした思考を用いることで何を示そうとしたのかでしょう。なお、こうした唯名論に関してマルクスが使った例(vgl. KMWS, I, 731s)を借りて述べると、我々に対して存在するのは苺や林檎や葡萄といった個物であって"果物"という普遍性ではない、ということになります。とは言え、マルクスが当該箇所で語っているのは、苺や林檎や葡萄を我々は果物"としてals"把捉しているということであって、平たく言えば人間の知り方に関わる事態です。ので、たまに唯名論と唯物論は似てる的な話をなさる方もいますが、マルクスは存在するのが普遍か個物かという存在論的位相で議論を展開しているのではありません。ではなくて、人間の認識が"としてals"という人間側の設定を介して或る事柄を対象的に構築していることを述べているのであり、そうした人間の認識の側の都合によるものでしかないことを実際に存在するかのように考えてしまうー民族とか国家とか"神"とかー、それこそ人間が自らをそのものであるところから引き剥がす要因であることを批判しているのです。従って、唯物論をある種の存在論として断定することは逆にマルクスが乗り越えようとした形而上学的蒙昧に陥ることになるわけです。はい、余計な話でしたね、すいません。
神命論にも一言。一般的にそれは、善やら道徳的徳やらはただ神からの自由な意志による命令としてのみ解されるとされますが、必ずしもオッカムはそれに限定されているわけではなく、例えば道徳的徳の諸行為は正しい理性との合致において導出されねばならないと『De connexione virtutem』の中で繰り返し論じてますし、神が善き目的の為に振舞って悪を意志せぬ的な発言(『命題集註解』第2巻第15問題を参考に)は神が行わんとすることを人は模倣すべきであるという方向性においてこそ強調点があります。これも問題はオッカムがこうした思考において示そうとした事態は何かなので細かく神命論がどーしたこーしたするのは野暮というものでしょう。
哲学的な議論としてはそれはそれで各国憲法の保障する自由の範囲で御随意にですが、他にも色々あります。例えば、オッカムは外的な世界について認識する際に個物をそれとして直観して普遍的な概念を抽象する働きが人間の判断に存することを述べているとされますが、これについて普遍は知性の内に存在すると論じているのであって故にそれは唯名論ではなく概念論であるとか何とか(Wood, R.さんの御意見)も聞こえてきます。何と言いますかそうした「リ・ガズィはガンダムか」みたいな分類は、まぁ一方ではその筋の方は興味あるんでしょう。他方、問題をそっちでなくて何故そうした思考を用いなければならなかったのかに考える身としては、何と申したら良いやら。あるいは、オッカムはスコトゥス哲学の潮流として理解すべきとか何とか、まぁスコトゥスでもヒッポのアウグスティヌスでもアンセルムスさんでも誰でも良いですが、オッカムほどの個性的な思想家が自らの思想を研鑽するのに或る一つの思想からのみ行ったなんてことは有り得ることも無い訳で、大事なのはあくまでもオッカムさん個人の話であって、オッカムの思想的抵抗の地平がどこに依拠しているのか、です。まさに、必要なしに存在者を増やしてはいけないのです。
で、その問題、すなわちオッカムが上記のような性格を持つ思考を何故用いたのかについて、ちょっと穿った見方をする本なんかによると、オッカムがトマス一派の尊大な神学教授に抑圧されて対立していたが為に全く異なる思想を模索したなんて解説もありますが、そうやって人間の動機をルサンチマンから根拠づけるのは問題を余りに平坦にしすぎて如何にも薄っぺらい。問題は、あくまでもなぜオッカムはそうした思考を頼りに自らの思索を遂行したか、です(話は横道ですが、古今東西のトマス哲学を標榜される教授様は皆さんそうなんですよねぇ、つまり抑圧的で攻撃的ってことですが。これは皆さんの専攻なさるトマス哲学なるものが、現実に生きている人間がすったもんだしている姿を観念的抽象の中に取り込もうとするものであり、しかもその観念的抽象なる容器は自分の思考によって構築された理論に内在する執拗なまでの正統意識で工作されたものであって、そうした正統意識に実際の人間を押さえ組むものであるためです。しかし、こうした現実の生きた者を観念の中に閉じ込めようとする見方は端から無理な話、矛盾するのは目に見えてます。まぁ話が抽象化された人間的行為だの何だのと言ってる場合はメッキが剥がれずに済みますが、それを固有名を持った現実の人間すなわちナザレのイエスに当てはめようとすると瓦解するわけです。だから、聖なるトマス師がキリスト論に着手している最中にイエスの十字架像の前で「自分の書いたものは藁屑に思える」と言った話は正直な自覚です。その藁屑にしがみついておられるのが世のトマス哲学者様なので、そりゃ現実の逆巻く場では溺れるのは必定、それを認めたがらないがゆえに他者に対して高圧的だったり威嚇的だったりになっちゃうんですね、自己弁護って虚しいなぁ、はい、これも余計な話)。すなわち、当時の宗教支配で教皇に反対するというのは、科学的社会主義政党内部で党指導部を批判するのと同様な残酷な運命を負わされることを帰結するわけで、一人の修道者つまり小さな個人が異を唱えた位で何程のものになろうかという事実にも関わらず、そこで権力に抗ったのは何故か或いは抗わざるを得ない程に彼を突き動かしたものは何かが問われねば、この著作だけでなくオッカムという歴史的個人の思想的抵抗は分からぬまま、彼の著作群は只の古文書に成り下がるでしょう。
結局の所、普遍的抽象化された"中世哲学"を志向なさる宗教好きの教授様の解釈は御自分たちの教義に合わせようとなさるので、神なんぞは人間が作り出した観念に過ぎないと考える此の身にとっては何か物足りない。かえって、宗教批判や資本主義批判を繰り返す南欧の思想家による解釈の方が、オッカム思想の諸部分を関係づけて全体像を提示してくれるために興味深くて刺激にもなります。それについてちょっと触れると、セヴェリーノは彼の哲学史本の中で、オッカムによる教会と国家の富と権力に対して"貧しさ"を置くという思考は、形而上学的幻想によって誤らせられた学知に対して現実の世界をぶつけることと同じことであり、従ってオッカムの示す貧しさとは、剃刀として語られるあの探求の道の倫理的-宗教的次元における現れなのだ、と述べています。すなわち、認識において各被造物の美を覆い隠す過剰なる事柄を切り捨てることは、貧しさの美を見えなくさせる富の罠を切り捨てることと同じなのだと。しかし、その一方でセヴェリーノが指摘するのは、認識における貧しさは形而上学的学問観を打破することになるが、生における貧しさは現世での苛烈な支配や生命を脅かす支配を保存することにもなるのだ、と。実際、オッカムはこの著作では相手が教皇権力ということもあって"持たざること"をぶつけてきますが、別の著作では民衆の貧しさは生命の危険ともなるためにその解決を世俗権力に説いていたりします。その意味で、オッカムの貧しさとは宗教説教家がやらかすような「貧しい者が幸いなのですから貧者はそのままでいなさい」的な方向性とはまるで違うものだと言わねばなりません。
また、プレーヴェの倫理学史本では、オッカムの政体論は義人たちが個々人として正しく事態を考えることに基盤があるとして、これは唯名論的つまり普遍は単なる名であって存在論的事実なんぞではないというその考えと併存しており、すなわち、制度の内に善なるものが実体化するのではなくて各々の個々人の総体の中に善が生き生きするのであって、というのも、その個々人は財を持たぬ貧しき者たちであるが故に一人一人が自ら自身として完全な者(『マタイ福音書』19:21参)としてあるからだと論じているのだ、と記述されます。換言すれば、オッカムの貧しさとはまさにキリスト者に対するキリストの命令として定置され、キリストの命令であるがゆえに正しい命令であると考えられるのです。で、このプレーヴェの記述を受けながら、かつボンピアーニのイエス伝を絡めながら、フサロさんは『ルカ福音書』4:14-30に書かれている貧しき者たちに福音が告げ知らされて抑圧される者たちが解放される在り様こそオッカムがその政治哲学の中で志向しているのだと、終わりなき拡大を強いる資本主義的生産様式に抗う思想を模索する書の中で論じています。と、まぁこのように、教皇派教授様方がオッカムをキリスト教教義から排除せんとする一方で、そうではなく、むしろオッカムの示す貧しさこそがキリスト者の本懐なのだ、そしてそのことを精確に示すためにオッカムは自らの思想を道具として用いたのだと語る哲学者もいるのであり、どちらをオッカム理解の道案内とするかは御随意に。
こうした指摘に鑑みるに、この著作は、主題は教皇が地上的権力を持つことの危険性を説いたものではあるのですが、それは字面上の話ということが分かります。だからこそ、その議論を支える言説がどのような場面から発せられたものなのか、ここを捉えねばオッカムが教皇権批判を繰り広げることによって示そうとした事態が何処に向かわんとするものであるかを見誤りますーその意味で、この著作を読むために最良の手引き書たる本訳書編者McGrade, A. S.の著したこの分野の古典、 "The Political Thought of William of Ockham". Cambridge University Press, 1974, と、本訳書訳者のKilcullen, J.による The Political Writings, in Spade, P. V. (ed.) "The Cambridge Companion to Ockham". Cambridge University Press, 1999, 302-325pp., (因みにこちらの論文はネットで読めます)は是非ともお読みになって下さいー。これらの文献からも分かるように、オッカムが身を投じたフランシスコ会士たちがキリストの生の本質をそこに見たところの"貧しさ"、それを生き抜くことを著作の中から読み解かねばオッカムの意図を掴めないのです。ただし、ここでフランシスコ会を全面に強調しすぎるのも間違いです。そうやって特殊的で個別的なフランシスコ会"だけ"の問題にしてしまうことで、オッカムが守り抜こうとしたキリスト者の信実な在り方、言い換えれば一般的で皆の土台となるものを一つの特殊的集団の組織理念に限定することになります。実際、これを意図的に目論む連中は、キリスト教を「より大いなる神の栄光のために」荘厳で華美な大聖堂と成そうとして貧者や弱者を中心から追い出して、せいぜい憐憫の対象くらいにしてしまいます。しかし、事実はそうではありません。オッカムのこの著作から見えてくる景色は、決してアッシジの大聖堂なんぞではなく、フランチェスコが最初に(物理的に)建て直した小さな聖堂です。病人に仕えて貧者と共に生きるという全てのキリスト者に向けられたキリストの命令にこそ、オッカムの基盤があるのです。
以下で、この著作についてその点から少し。この著作は、オッカムが教皇による弾圧に対して批判を行い、それを教皇一派が糾弾し、さらにそれにオッカムが反論するという第3段階にあたることを念頭に置く必要があるかと。その為に、問いが限定されて先鋭化しています。第1巻では、教皇権を下々の者が検証するのは許されているのか、許されているならどのようにその検査を遂行すべきか、が問われます。彼曰く、それは単に許されているだけでなくまさに必要とされる、と。何の為に?キリストの教えの正しさを示す為に!公的に検証して裁定すべきである、この世に絶対的というものはないのだから。第2巻は、教皇は神法と自然法に反しない限り指令しうるという伝統的主張に批判を加え、そうではなく、人は例え教皇であっても皆が罪人であるために現世的な欲求から逃れることは出来ないのであるから、宗教的次元での誤りを匡正することに向けられるべきと説きます。第3巻では、支配権あるいは所有権という概念を分析します。ここは面白い。というのも、中世での伝統的な所有権概念を用いつつ、伝統的な支配意識つまり神がいて教皇がいて聖職者がいて民衆はへへーとする階層的支配ではなくて逆に民衆が一人一人で己れと己れに関わる事柄に関して所有権ー今ふうに言うと自己決定権ーを保持していることを提示します。そして、この中で彼はただでさえ道徳的重荷をいくつも負っている人々に余計な道徳的脅迫による重責をもたらすなと語ります。まさに道徳的次元におけるオッカムの剃刀ですーこれについては今のローマ本店と各支店も何やかんやと道徳やら社会やらに観念用語を振りかざしては口出ししてますが、おたくらがやるべきはまず教会内部でのいじめや差別の排除であったり、不正を明らかにすることであって、更に言えばーオッカムの言葉を借りるとー貧しい人々に"仕える"ことであって、まずはそうした人たちが安心して食って寝られるように実際の苦痛を除去することにあるのだから、世界の平和やら正義やらの綺麗事だけ拡声器から垂れ流すのではなく隣人の涙を拭う為に汗まみれになって一肌脱いで下さいよ、とは思いますね。はい、また余計な話ー。あっちでは書いてないことをちょっと。オッカムには所有権の議論はあっても貨幣についての議論は伝統の踏襲で、ましてや価格に関する論は見当たりません。それは何故か。すなわち、貨幣や価格に関する議論が必要とされなかったのは何故か。今はまだ仮設的段階ですが、見通しとしては貨幣や価格が個物を普遍的な指標において抽象化する運動と関わるからであり、こうした貨幣論の欠如にもオッカムの思想が見えてきます。第4巻では、世俗権力の教皇権力からの独立と擁護を聖書の中から読み取ります。今も言いましたが伝統的支配意識では、神からのトリクルダウンで権力が与えられるわけで世俗的な事態はそことの関係によって正当化されるわけですが、これを神学者連中は聖書によって権威づけていました。オッカムはそれを逆手に取って、逆に世俗的な事柄をそれとして定置するのです。なお、ここで面白いのは彼の聖書解釈。体制派の神学者連中は矢鱈と伝統的な見解やら何やらを介在させて、話をわざと複雑にしては民衆を煙に巻いてましたが、オッカムは端的に簡潔に聖書を語ります。この手法つまり誰が聞いても読んでも分かるように聖書に接する在り方は、中世の民衆運動を経て宗教改革に至る流れとも関連しますが、そうした宗教思想史なんぞはどうでもよくて一番の肝は一人一人が神からの言葉に直接に繋がれること、一人一人が掛け替えのない存在であることを帰結することにあります。神父なしで聖書を読むと信徒は異端になるから読ますなと言ってた神学生がいましたが何処で何を今やっておられるやら。オッカムさんに怒って頂きましょう。まぁそれはさておき、こうした聖書解釈は第5巻でも通用していき、世俗権力も暴走して抑圧的にならぬようにすべき事柄が語られます。この議論には、そこまでで論じてきたオッカムの共通善思想が反映されてます。共通善と言えば聖なるトマス師が異端者を火あぶりに処すことをその語で論じることからも分かるように、その伝統的議論の本筋は全体の利益のために部分を強制することにあるわけでーてか実際は本当に"全体"の利益のためというよりも"一部の"支配者階層の既得権益擁護に過ぎないんですけどねー、その側面だけ見るとろくでもないのですが、オッカムはこれもまた逆手に取って、全体ってのは数が多いことを意味するんだから大衆の利益を最大化することにあるよね的な方向性で論じていきます。従って、教皇だの皇帝だのの数人の利益になることよりも大衆の利益になることを実際に実現することが共通善なのだとしていきます。この共通善は後のドイツ農民争議での"みんなの利益"に繋がっていくので、この辺りについての細かい思想的転換ー学生時代に流行ったカタカナ語使っていいですか?パラダイム・シフトですねーを後付ける為にもゆっくり読みたい本です。因みにネグリとハートが良く言ってるマルチチュードって言葉はオッカムの語る大衆に当たります。いやぁネグリさんにあらぬ汚名を着せたがる自称マルクス主義者が多いですなぁ、それもそうでしょうねぇ、御自分たちが金科玉条のように信奉している「『資本論』こそマルクスの科学的思考の聖典」てのを彼は文献学的にきっちり批判して完膚なき程に叩きのめられたわけですからね、何とかしてネグリを間違いにしたいのでしょう。てか、これってオッカムに対する教皇派教授様と同じですなぁ。歴史は繰り返すってやつかな?それはさておくとしても、このオッカムの著作は、現代の個々人の自由やら民主主義やらを考える上でかなり重要です。「女性は男性の下に服従しとけ」的な発言をするスピノザの政治体制よりも、よっぽど民主主義的ですよー因みにオッカムは「女性は男性の持ち物じゃないんだから彼らの言うことに従う必要はない」と語ってますー。
と、このように色々な論点と側面を持っているのがこの著作です。これを「下らない」とか評する教皇派もいるようなので、何と申しますか。で、このオッカムの著作に基づいて見えてくる相貌はどのようなものでしょうか。オッカムの教皇権力批判は、逆に考えると「暴君のような教皇も神によって与えられた命令なのだからそれに服従することが神に仕えることだ」なんて言うことも出来るでしょう。絶対者なる神、その神の意志なるが故に邪悪な権力であっても屈服しなければならない。もし、オッカムが徹底した神命説主義者であれば、そのようにして悪の権勢をも神から与えられた使命として受け入れねばならなくなります。しかし、オッカムは抗った。なぜ悪があるのかということを形而上学的に論じるのでもなく、神への服従ゆえに邪な連中を受け入れるのでもなく、抑圧して屈服させんとする非道な力と闘ったのです。そこには、神の肯定と否定を止揚した人間としての佇まいがあります。つまり、単なる観念やら思弁やらの次元ではなく、人間の実際の振る舞いこそがオッカムの示した姿です。この意味をじっくりと考える必要があります。
また、オッカムの示す貧しさも、繰り返しになりますが、躍起になって貧しい素振りをしてみたり、貧しさに執着してそこに居座るように強いてみたり、そうしたものではありません。むしろ、貧しさの内に否応なしに投げ込まれている現実、多くの人たちがそこで苦しみ嘆いている現場、そうした広がりをもつものとして提示してきます。だから、貧しい者たちにこそ神の国が与えられるという言説に対して一種の冷ややかさがあります。貧しいってのはそんな綺麗事で片付けられるもんじゃねぇ、やがていつの日か救われるなんて空手形を渡されるよりも今の貧しさから救ってくれよ。そういう民衆的な叫びがオッカムの貧しさには含まれています。そうした神の救いの対象としての貧しさはどうしたって彼岸的なニュアンスが出てしまいます。しかし、貧しさとはまさに今ここにあるのです、逃れることも出来ないままに。ここで逆説的な視点が生じます。すなわち、貧しさが自分たちの拭い去れぬ現在の状況だとすれば、そして神の国が貧しき者たちに与えられるならば、まさに自分たちの中にこそ神の国はある、救済やら平安やらを外部的に余所見しながら探すのではなく、自分たち自身の潜在能力をしっかりと掴み取れ、惑わされるな、自分たち自身こそが世界を変える契機なのだ、ということです。だから、オッカムの貧しさとは現状受容でも日常肯定でもなく、ただひた向きにそれを乗り越えようと抗う現場なのです。ふんぞりかえってる権力者連中が貧しい者たちを踏みにじって良いわけがない。血と汗を流しながら痛みと苦しみの中で抑えつけられている貧しい者こそが神の国の住民なのだ。貧しさに嘆き悲しむ者たちを置き去りにして何が神だ何が教会だ、泣く者たちが笑うことなくして何が救いだ。オッカムの著作は、こうした民衆の叫びと一緒に吠え抗うものなのです。例えそれがどんなに弱くて小さい声であろうとも吠えずにはいられぬ思想家がオッカムだと言えるでしょう。だとしたら、彼の思想を学ぶ私たちは。答えは自分の手の中にあるのです。
ちょっと余計な付け足しをいたしますと、ネットでオッカムのこの著作を単に教皇権の問題としか読めていない読書感想文を見つけましたが、ちょっといくらなんでもマジっすか、という感じ。その程度の解釈でおまんま食える御身分で羨ましい限り、いや皮肉ではなく本当に。だいたいが、オッカムの教皇権批判を「教皇の不可謬性」とかを未だ信じるような"教皇派"教徒様が本気で論じることがお出来になるんですかねぇ。まぁ、批判精神よりも業界での立回りや御追従に長けた御仁では表面的な文字列をなぞるのがせいぜいといった所、或いは大御所の研究の横流しが関の山、それなら端からオッカムなんぞお読みにならなければよろしい。そこらに聖なるトマス様の御託宣がたくさん転がっていますのでそれを御自分の虚栄心を満たす為に存分に軽薄な講釈でもなさっていて下さいませと心から思います。
別言すれば、オッカムの政治哲学の視座は、オッカムの分析力が鋭いだの何のと適当によいしょする言説からは決して到達しえない位相に向かっているのです。というのも、彼の言説は、繰り返しになりますが、単に頭の中で考えられた観念的事態から生じたのではないからです。むしろ、彼が自らの生を賭けてそこへと身を投じたフランシスコ会の理念として表現され、まさにキリストの示したキリスト者に課せられた生き様として彼が受け取った"貧しさ"の内実から発せられたものだからです。
謂わば、理解するこちら側も彼の視座へと自らの生を近づけねば触れることすらできないような抵抗の現場こそがオッカム政治哲学の地平なのです。適当な言葉を適当に接合しているだけの"大学教授"様には彼の思考も振舞いも全てが痛い所を鋭く抉る剃刀となるーだからこそ怜悧やら何やらと言って持ち上げておいて距離感を取りたいのでしょうがーのですが、しかし、オッカムの歩まんとする道の先にはアッシジの風に吹かれるフランチェスコがいて、さらにその先にはガリラヤの土埃にまみれたイエスがいる、その意味でオッカムの道と同じ歩みをする者にとっては逆に単純明快な足取りとなるのです。
オッカムと同じ歩みなんぞと言うと軽々しく響きますが、それは抑圧と非難あるいは命の危険にさらされながらも反逆すらままならずに何とか自らの生を貫いていくだけという弱き者たちこそがオッカムの同伴者となるのであって、換言すれば、その弱き者たちが負わねばならぬ弱さとは各々の存在を脅かすものであるが故に弱さの部分を開き直ってみたり弱さを自覚する自己に酔いしれてみたりすることのできない決定的な弱さです。何とかして剥がしたい脱け出したいとしても痛みが纏わりついて来るような或いは消えない傷痕が日夜疼き悩ませるような若しくは弱さと名づけて相対化することすらしえぬような、そうした弱さです。オッカムの生はまさにこうした弱さの中でその権勢に抗っていたのです。だから、毎日が安定していてそこから抜けることもなくあえてずぶずぶと凋落している"大学教授"様では到底理解不可能な領域なのです。ましてや、ニューヨークの地下鉄の中で見かけた髭をたくさんたくわえた若者を"髭もじゃの若い男"なんぞと差別的意識丸出しで表象するような目では決して見えて来ませんーそういえばイエスも髭もじゃの若い男なわけで、この教授様はイエス本人に会っても見下して通り過ぎるんでしょう。まぁまさかとは思いますが、イエスはアルマーニやらグッチやらのブランド服を着てると考えておられませんよねー。
以上、つらつらと書き連ねましたが、この著作は読み手の思考が何処に向かっているのかを検査する試金石となっています。どうぞご一読下さいませ。
Had Enough!ー過剰なる『存在と思惟』とかいう文字列について
この前ふらっと立ち寄った本屋で見つけたその本の帯に「これが哲学だ」みたいな事が書いてあるんですよ。んな訳あるかいってもんでね、そりゃそうでしょうよ、だって哲学ってのは、その問いを前にすれば身じろぎしなければならぬような、その事がどうしようもなく問いになるような、その人を心底から揺るがすような、そんなものなのであって、鎌倉時代くらいの古いイタリアの特徴的な体型のおっさんがどーしたこーしたってなもんである訳がないでしょうに。えぇわかってますよ、この著者の発言を哲学と分からぬ者どもに哲学は分からぬと仰りたいんですよね?しかし、それは哲学の理解根拠を読み手の側に依存させてますよね?だとしたら哲学とは個人の妄想か只の白昼夢。そんな頭に浮かんだだけの文言をこねくり回すのを哲学と呼ぶ人たちの口車に乗っかって、そこら辺で腐りきってる知に執着する程度の哲学観を宣伝して大丈夫なのか、なんちゃら広告機構の皆さんに怒られやしないかと心配になりますよ。
しかも、続く文句が「神父で研究者」って。それ売り文句になるような大それた事ですか?そんなん言うなら「お父さんで会社員」だって十分すぎるくらいに大切ですよ?だいたい神父なんてのはそこに女性除外&平信徒軽視の前提があるわけで、女性で会社員的な在り方を遠ざける事態を珍重してるなんてコンプラ当然の今では時代遅れなんですよ。まぁ、女性やらお父さんやらと分断する必要もなく、一人の人間でいいのであって、言ってみれば「一人の人間で労働者」、ここに皆の立ってる地平があるわけですよーここでの"労働者"てのは社会的存在様式としての話なので実際に就職してるかどうかではなく、またプチブルぶって自分は労働者ではないと言いたがる向きもあるでしょうが自分の意志的行為の産物を売却した対価によって生計をたてているならそれは立派な労働者であって、そこを否認したがる心性にこそ自分が自分であることを自分から踏みにじる要因が蠢いているのですー。名も知られぬままに血と汗を流しながらいのちをつなぐ生き方を誰もが強いられてる現実、「そことは違う上級存在の御託宣」とでも言いたげな文字を見た時に思ったのは商売上手だなぁと。てのも、「神父」なんて文字が入れば特定宗派を有難がる場所付属の購買部や書店に置いて貰えるでしょうし、その手の狂信者ずれや宗教オタクあるいは自分は庶民とは違うんだぞという何様野郎連中は電子書籍より紙の本がお好きでしょうからいとも簡単に手に取るでしょうし、この本を読むだけで賢くなった偉くなったと勘違いなさりたい向きにはぴったり、いや本当にマーケティングが卓越してます。というか、この時点で「神父で研究者」という人物の戯れ言を珍重してしまう受け手の底が割れてしまっています。例えば、どっかのバルでほろ酔いのおっさんが全く同じ内容を長々と存在そのものによって人間の思惟が開かれるとか何とか手を変え品を変えて無限ループでリピートしてきたら普通は「もぉええわ」ですよね。それをこの人物の読者諸賢ーsarcasm is the lowest form of witーは天からのお告げのように畏まる。つまり、結局は話者の内容ではなくて話者の社会的地位で事態を判断しているに過ぎないわけです。もっと言えば、「神父で研究者」という両者ともその役職に就くにはそれなりの家系や家柄が必要になるわけでもうそこで上級選民として存立してるのです。であるがゆえに己の発言が狂信者に浸透して表立った反論も批判も受けることなく御高説を宣われ得るのであり、そうしたGewalt的な地位・立場にしがみついている時点で学問や教育に従事するに価しえなくなることをかの宣伝文句は帰結するのです。そもそもの話、トミーは組合がストを打ったせいで職を失ってジナはそんな恋人との生活の為に給仕係の仕事に魂を減らしながらも何とかそんな日々にしがみついて"祈りながら生きている"、その一方で受肉した神の言葉たるキリストだの神父はその代理人だのと宣うのであれば、そんな人々に"仕えるために"こそ来たのだと語ったのがキリストなわけで、とすれば神父たる者が向かわねばならぬ先はしたり顔したインテリ連中か額に汗と血の跡を刻みつけた労働者かは分かりそうなものですが、ね。
と、前口上はこの辺りにして、別の本で話題にしきれなかった問題を一つ二つ。研究においてその対象を何にするかという問題は価値自由ではなくそこには一方では反抗や抵抗を、他方ではイデオロギーやら利害関係やら既得権益やらへの御追従がべったりとこびりついているわけです。例えば、19世紀末のスペインでカントを読むという行為は新スコラ学が跳梁跋扈していた地でそうした知的統制に対する抵抗となり、また逆に、東西冷戦下の西側で聖トマス様を担ぎ出すのは反共産主義イデオロギーを提唱する旧体制の抑圧的秩序に阿って隷従することを示すのです、つまり、20世紀西側において聖トマス様の哲学を専攻することは、宗教的支配秩序の側に立つことを示します。したがって、どの時期にどの場でどの思想を専攻するかによってその研究者が欲する世界像がいかなるものかという内実の写し鏡になるのです。
その上で、この著者の手法の古さをもう一度、別の観点からも指摘します。個別な問題すなわち前に触れたWestbergさんが指摘するトマス解釈の立場的な古さというものについては、中世哲学なんてものに興味も何もない者としてはさておくとします。が。これについての反論も異論も寡聞にして聞かないということはWestbergさんの評価は正しいということなのか、それとも上級階級におわしますこの著者について云々することは一般人には許されていないというこのなのかは分かりませんが。ただ、この問題は直接的にはトマス哲学オタクの方々だけの話―ただし或る哲学者をどのように解釈するかという事態はどのような世界を欲するかという問題と深い関連があるのであり、しかもそれを欲しているのが宗教的支配者層に属しつつ教育権力をも占有している立場からであればその影響力の問題から看過することのできない事柄にもなります―ですが、以下の問題は世間的な"中世像"の観点から重要な点となります。この著者が拡散する古いタイプの中世像は統一的あるいは共有的な精神的基盤あるいは尺度が強固にそして確実に存在していたかのように中世という時代の描写で前提とする言説それ自体が最早維持できずーとりあえず簡単に読める英語圏内の本だけ挙げるとCole A. and Smith D. V., (ed.) "The Legitimacy of the Middle Ages"; Dinghaw C., "How Soon Is Now?"; Davis K., "Periodization & Sovereignty"があります。政治哲学系だとMiethike J., "Politiktheorie im Mittelalter"が分かり易いかとー、多様であって時には対立し合う議論の重なりとしてしか中世を見ることができないということですーとまぁこう申し上げると「其許は哲学という知の営みを世間的な"自分勝手さ"や"その場しのぎ"に流されるものだと申すか!」的なことを仰る向きもあるので一言。哲学がそんなに"高尚"なものであるか大衆が現実に抗いながら生を貫くことよりも御大層なものかということはさておくとしても、哲学が多様な仕方で遂行されるということは、それが対立的であれ討議的であれ互いにいちいち話し合う前提を設定しなおす必要を持たないという点において共約可能性な地平に立っていること、或いは議論をする相手を無視したり見下すことをせずに尊厳を見出だすという意味で連関していること、そうした特性を哲学の中に発見することを意味するのです。逆に議論が画一的であってそこに多様であることを認めないことは哲学を閉鎖的なものにします。ので、近頃耳にする多様性も同様にそれは手前勝手やら纏まり無しに行きつくのではなく各々がそれ自体としての価値を帯びて相補する事態をこそ示すのですー。まぁそもそも中世という時代区分が長すぎますし曖昧過ぎるので論者によってその範囲が異なるという問題はありますが、勿論、『機動戦士ガンダム』のセイラさんが言うように古いもののすべてが悪いものではないのですし、そこに一生懸命専心なさるのはそれはそれで結構なことなのですから、それを自らの意志で以って選び取って頂いてそこの立場からものを仰るのも思想・信条の自由が保障されている限りで御随意にではあります。しかしそうであれば、そうした古い解釈に依って立つことで見えてくる世界像に対する説明責任を十分に果たして下さいませとは思います。それなくして、単なる"主義者"のように賞味期限切れの学問的潮流をばら撒くことは世間に学問的食中毒を引き起こすことにもなり、知的材料を調理なさる御立場の学者様としては如何なものかという疑念は残ります。まぁたいていはそんなことを心に留めずに御自分たちの名誉欲と支配欲を"哲学教授"という立場で以って満たしておいでで、その程度で満足できるレベルの欲でよろしおすなぁという感じです。
結局のところ、この著者が広める中世哲学なるものは、現象学者がその存在論の源流として評価した謂わば外から見た中世哲学を、その中世哲学の内部から現象学的視座に即して捉えて直していくというものであり、言ってしまえば現象学的存在論の特殊的転回なのであって、それは中世という歴史的・社会的に特殊的な時代状況の中で人々が紡いできた生の現場から発した知の営みとしての"中世の哲学"とは異質なものとなっています。別言すれば中世という歴史的事情や社会的現実のうちに生じた人間の産物である"中世の哲学"と、近代的な普遍性と絶対性から抽象的に作り上げた存在にまつわる哲学たる中世哲学とは違うものであるということです。別にそれはそれで他者に害とならない範囲で御自由におやりになって頂いて良いのであって、まぁそれなら最初から存在論の講義を賛同者向けに―政治家の勉強会よろしく―やっていさえすればいいだけで、なんとなく歴史的・社会的現実に触れているかのような体裁を"中世"という言葉の下で見せかけなくとも結構ですよとは思いますが。そして、そうであればそれは一つの特殊的な方法論にどっぷり漬かった解釈に過ぎないということをきちんと述べるのが知的誠実さというものなのでしょうー中世哲学についてカトリシズム内部からの"存在"をめぐる問いとしての叙述にも例えばFotana, S., "la Sabiduria de los Medievales"(西語訳、原書は伊語)ではイエスのPersonaから人間と神のPersonaが省察される段階で実体とは何かが論じらるようになると語るように実際に活動している事態をこそ出発点にする仕方もあるあけで抽象化された存在論的記述が唯一ではありません―が、ご自分の仰ることは一者からの流出である位に思っておられる向きだとそれもなさらないことにもなるのでしょうなぁと邪推されててしまわないかと心配になります―Severinoの哲学史本なぞは自らの哲学的関心から哲学史を叙述していることが冒頭に述べられていますー。更に言えば、こうした特殊的解釈は現実に生きていた人間の発した言葉を標本模型にしてそこから御自分たちの都合やら利益やらに合わせて作り上げた加工品に過ぎないのであって、それは他者の言葉を"物"となして物件化しているということの精神的位相での現れとなっているが為に支配的イデオロギーにとって利用しやすいものとなっている側面も忘れてはなりません。
さて、ちょっと長い脚注的に聖トマス・アクィナス様の御高説を取り上げてみましょうか。そもそも、先ほど多少触れたような人間を統一的に支配せんとするイデオロギーと彼の聖人様の御考えは何故相性が良いのでしょう。彼の聖人様の著作は、他の中世の思想家・著述家よりも際立って或いは執拗に論争的であるという性質を見出しえますードミニコ会というまぁ後の世で色々と話題につきぬ組織に属していたとしてもその中でも特にという感じですー。
聖トマス様の議論、例えば神の存在証明に関わる有名な議論で言えば、あれは解説書的にはアンセルムス批判とされていますが、結果的にそういうことになるとはいえ本質的にはやや先輩の世代にいるフランシスコ会所属のヘールズのアレクサンデルによる最高存在としての神存在証明への直接的批判です(ちなみに『命題集註解』第3巻の当該箇所ではアンセルムスの名前を出して論じてますが話の内容はアンセルムスさん御自身の議論からは随分と論点が離れているので、歴史的な視点から聖なるトマス様とアンセルムスの哲学的な関係を精査なさるならアレクサンデルさんの話を介さないと只の抽象的な言葉遊びに墜落していきますので御注意を)。あの文言の痛烈さに触れる時にはトマスの物言いに含有される正統意識を読者は見出すことができます。すなわち、自分の考える方向性こそが神についての学知とそこにとどまらずにそこから帰結する所のキリスト教の正統的立場を継承している、しかも他の学派と比べて更なる完成度の次元で継承して発展させているのだという自負、それを感じるのです。
他にも細かい所で言えば、ボナヴェントゥラがhistoria(道化者と訳されることがありますが、この職業に関する差別意識については阿部謹也『中世賤民の』を参考に)について、人間が大事にすべき祈りの時間を怠惰という下賤な振る舞いに導いているとした上で彼らの儲けは穢れた物である為に教会が接収して浄化する必要性を説くというトンデモ学説を述べておいでです(『命題集註解』第4巻第15区分第2第2項第1問題第6異論回答を参考に。まぁ結論を言えば此の方の主張は"聖職者と農業従事者"以外の職業は堕落しているということなので中世の聖職者階級の一般意識を横滑りさせただけ、つまり矮小化された聖職者倫理観でしかないのでーただ問題は聖パウロ様も御同様に神秘だの何だのと宣う思想家は観念的世界の方を真の現実だとして実際の現実世界を偽のものとするが故に世界に対する批判的な感性が欠落して閉鎖的な同じ輩でだけ通用する卑賤な倫理観に陥る傾向があるということですーそれ自体としては語るに落ちます。ここでの"聖職者"を"党中央幹部"に換えると昔の官製マルクス主義が姿を変えたエコロジカル一派の言うような全くナンセンスな"自然に生きよ貨幣を求めず農業せよ"に陥るーそもそもマルクスが言う自然というのは人間の在るがままの本性的態勢についてであって「紅葉の葉っぱも真っ赤だな」的な話ではありませんし、農業は高度に専門化された知識と技能を必要とするのであって未経験者がおいそれと出来る職種でもありませんーわけでそこからも此の方の職種観が偏見と独善に満ちていることが分かります)が、これに対抗するかのように―おそらく直接的にそれを読んだのではなくてその学説に基づいた施策を聞いたのでしょうが―聖なるトマス様の方はhistoriaは笑いという快を人々に与えるofficiumを持つと述べています。トマスのofficium論はウェーバーが『プロ倫』で取り上げてるので有名です―その解釈の問題点はここではスルーします―が言ってみれば神的次元からの事態となっています。トマス様は神を持ち出して"善き運命"さんの話に反論を突き付けているようなものです。これ以外にもまぁ探せばいろいろと出てきます―差別されていた女性特有の或る職種について"善き運命"さんは同じような蔑視的発言をしている一方で聖トマス様は彼女たちの職業は解決すべき問題があるとはいえその利益を各人が活用して共通善に貢献することは可能だとしていたり...&c―が、とにかく同時代の同業者への同族嫌悪のような意識をあちこちで振りまいては自らの正統意識を見せてきます。これこそ、人々を統一的に支配せんとするイデオロギーが自らを正当化する意識と深くそして歪んで結びつくのです。確かに、人々の生の現実を軽視してそれを観念的世界の原理から領導するという点においてはさっき触れたボナヴェントゥラ一派は徹底しています。人間の現実の一切を仮象と見なして無化していくということを通して、宗教的な観念である神の世界をこそ本当の現実を見なしていくという観念の絶対性とでも言うべき事態を遂行していく、つまり現実を観念へと倒錯させることによって性質するという絶対性です。それに比して、聖なるトマス様の叙述は、アリストテレスやら新プラトン主義やらのキリスト教外部からの伝統を取り入れながら、徹底化されていく観念たる神にまつわる知の営みの中に実際に生きている人間の姿を組み込んでいくことを果たそうとしています。ここにトマスの戦略つまり各々の場で様々な問題に取り組む人間の姿を自分の神学的絶対性の中に刷り込んで固定するという戦略、それが展開されているのです。しかし、この戦略はどだい無理な戦略なのです。土埃の中で血と汗を流しながら実際に苦しみ嘆きつつ動き回る人間というものを像化して観念的に設定した超越の絶対性とでも表象されるような図式へと吞み込ませようとするその戦略は、虚妄の容器の中に現実に動いているものたちを入れて抑え込もうとするようなもので―これがトマスの書いたものに見え隠れする我田引水と牽強付会の要因なわけですが―、どうしても無理が出てくるのです。しかし、このトマスの戦略が観念から現実を無化しようとする類のものではなく、現実を観念的超越性の中に解消していくという方向性を持つが故に、超越だの普遍だのとの観念へと盲目的に従属せんとする向きには非常に魅力的に見えてきます。本当はトマス的戦略は最終的には破綻せざるを得ないものであるにも関わらず、です。このバッド・エンドは彼自身がその人生で以てちゃんと私たちに見せてくれています。観念的に神だの観念的に徳倫理だのと叙述していく段においてはまだ誤魔化しが効きます。しかしそれを実際の、あの苛烈な生き様を生き抜いたイエスという人間に当てはめたときに瓦解するのです。確かに高度に観念化したキリスト・イエスの像に存在そのものたる神の受肉した言葉だの何だのという形で提示することはできます。が、それをガリラヤの中で民衆の内から格闘していたあのイエスの姿に当てはめて取り込もうとすればするほど、現実のイエスとは異質なものを自らが展開していることが露わとなって矛盾と挫折に気づくのです。現実は観念の抽象性では掬いきれないという揺るがない事実の前で呆然とすることになるわけです。だから、トマスがイエスの十字架の像の前で自らの書いたものが藁屑であることを痛感して断筆することを心に決めたというのは、どこぞの有名なトマス学者様たちが言うような病気による弱さのせいでそう言ったというような周辺的な問題―そもそもの話、これを語る学者様たちはちゃんと医学的にあれこれ所見を述べるだけの資格と知見をお持ちなんでしょうかねぇ。海外法廷ドラマだと「異議あり!証人は医学的所見を述べる資格を持ち合わせていません!」とか言われちゃいますよ―なのではなく、トマス本人が身をもって示したトマス哲学なる御伽噺の廃棄の瞬間なのです。私の知人にも国籍や年齢を問わずトマス哲学をやっていた方がいますが知的に誠実な方であればあるほどにトマス哲学を捨てて実際の現場で格闘なさっておいでです。まぁこうした事情にもかかわらず学者様というものはトマス哲学とそれに関連する学者様という御立場を棄てて一人の労働者としてあくせくしたら何もできない何にもならない誰にも威張り散らせないということを熟知なさっておいでであるが故に学者である御自分の虚飾の姿にしがみついておいでの小心者の皆様なので、そうした怯者の方々にとやかく言うのも野暮というもの、それなら憲法の保障する範囲で御自由にというところです。ともかく、こうした性格を持つトマス哲学をその限界と矛盾をカッコに入れたまま抽象化して加工したものー存在そのものによって人間の思惟が生ぜせしめられるだの何だのまぁそれを後生大事になさるのは御自由にですが、そんな空虚で蒙昧な事柄を考えていることが出来るというのは相当に地位やら何やらをお持ちの有閑階級のみで大抵は日々の生を維持する為に血と汗を流しているわけで、御自分達が悠々と暇人ぶりを発揮なさることが出来るのも名も知られぬような大衆の嘆きと苦しみがあってこそというのを自覚なさって頂きたいものですがーを拡散なさるという時点でまぁ何と申しますか、ということなのです。
で、こうした正統意識にずぶずぶ浸かりながら現実を観念の中に取り込もうとすることから生まれる中世的神慮の限界性は現代カトリック教会の中で"正義と平和"とやらを宣う集塊ーそしてそれに随伴する教条的マルクス主義の団体ーの根本的問題として残存しているわけで、哲学にせよ宗教にせよ政治的理念にせよそうした諸観念の中には現実は入りきらぬ、まずは現実そのものの痛苦を一つずつ諸観念抜きに除去することから始めねばならぬ、ということを無視したままにいくら"正義と平和"だの"憲法"だのと叫んだ所で、その内心に己が欲求に他者の人格を物件化して隷属せんとする方策が隠されている限りナンセンスなものでしかないのです。
長い脚注的なわき道に離れてましたが、もとに話を戻すと、こうした研究はもちろんその研究従事者の全ての知力でもって遂行されているわけでその意味でただ淡々と哲学史を編んでそこに集中なさっているだけなら御立派な個人的趣味の産物となるでしょうが、しかし、そこに現実に生きていた人物の発言を高度に抽象化した上で中世哲学は近代哲学ではとらえられない人間の内奥に触れるとか何とかといった優越意識を刷り込ませている場合、それは逆に近代哲学そして近代という特殊な体制が生み出した事態を補強して補完することになってしまうのです。すなわち、仮に近代では触れられないとか何とかを語るならば、それは人間を精神的に図式化して観念的な議論に浸るのではなく、或るものと或るものとを観念的に分裂させてそれを対立させることそれ自体が西欧形而上学の残した遺産であることを看破してそこを乗り越えねば、人間を自分のそうであるところから引き剥がして自分に対してよそよそしくされていく、そういう人間を抑圧する権勢に抗うだけの力を得ることはできません。で、こうした抽象化して分裂させるその思考はかのパウロの持ち出した知に対して霊を持ち出すそのやり方と同じ着想であると言うことができます。人間の知、それに対して神の愚かさという名によって挿げ替えられた神的知つまり神から与えられることによって自由となると設定される知、この二つの対峙です。こうした知が何を歴史の中で生み出したかは周知の如くです。それは異端排除の心性であってドグマ主義です。こうした分断や剪除を形而上学が帰結するのは当然の理で、というのも"在る"を思考の対象として設定する限り、それは人間に対してーそれを目的と言おうと根拠と言おうと何であれ結局はー自己とは他なる事態となるのであり、ここに居る自己は"在る"のではなくなっていく、その意味で、本来的な存在そのものを個々の存在者から謂わば概念を弄ぶ思考ゲームのルールとして切り離していく思考は、そもそも或るものと或るものとを観念的に分裂させて優劣を外的に付加しているのであり、ここに人間を人間であることを疎外する権勢をもたらす図式があるためです。
しかし、こうした神的知は近代という体制の中で強固な場を与えられます。近代は科学によって社会を設定して定置する、確かに最初はそれは理性の発現であったり残存する因襲へのアンチテーゼであったのでしょう、しかしそれが固定化されて継承されるにつれて、それは人間を閉じ込める鉄の檻となって人間を抑圧し、大衆が血と汗によって作り出したものを一部が貪るような傾向を助長する。そうした中で、民衆は近代合理主義の名の下で実行される事柄で擦り減らされるだけではやりきれない"何か"を自分とは別の何処かに求める。そこに神的知が侵入しうる隙間ができ、ここに近代主義と神的知の歪な関係が出来上がる。これは現代で言う所の科学と宗教の歪な共存と同じで、科学の促進とそこへの違和感から生じる"何か"を掬い取るための宗教という役割分担です。しかし、そもそもの話、こうした二つの領域へと人間の知を分断して対立させること自体が無理なのです。それにも関わらず、一方では、神的知は己れの領域を人間の知を分裂させて科学主義の時代に作り出し、他方、近代合理主義では解決できないものを観念的に設定してそれを知によって統帥するというその知の在り方は、人間の精神的活動を管理して秩序づけることを可能にするがゆえに科学的管理による支配体制から必要とされる。この支配体制に従事する神的知ないし宗教は、"中世哲学は近代哲学では触れられぬ云々"という視座の源流的根底としてあり、近代以降における人間の抑圧的支配体制の補強としてその視座は機能することになるのです。別の観点を述べれば、こうした視座が求められる時代性こそが病理状態であるということです。現実の社会において涙しつつ嘆きつつ日々を生きるしかない大衆へと向かうのではなく、超越だの存在だのという蒙昧な概念を垂れ流す言説を哲学であると考えてしまうその学問性こそ塗り替えらえなければならないということです。
で、こうした中世哲学の流れは19世紀末から20世紀初頭の反合理主義と轡を並べて走り出したのであり、その根底にあるのは神的知―といっても上述のように非常に腥いものではありますが―を探求するということは合理主義の限界性を超えてそれを克服したものだという視点です。近代が認識やら理性やらで捉えきれなかったもの、すなわち理性を超えた"在る"こそが人間の知を動かすのだと称するのですが、これは単に称しているだけであって、むしろ合理主義の"理性の限界"の方が人間は様々な歴史的・社会的な状況に縛られて限界づけられた弱く脆いものであることを本来なら気づかせるものです。しかしそこを探求したり発展させたりするのではなくてー謂わば近代哲学の良心的な部分を無視してー、歴史や社会といったものだけに留まらず人間が人間であることそれ自体を超えた知の根拠に触れることができるという視座は危うさを秘めています。これも時代が示してくれています。かのファシズムであり、独善的民族主義です。この時代に中世哲学に心酔した思想家が叙述する国家論(例えばE.シュタイン『国家研究』やら岩下某やら)をご覧いただければ良く分かりますが、異口同音に国家とはまさに観念の中心であって個人はそこに従属することでその意味を持つとか何とか言われます。これは、国家とはまさに神が与える神聖なものであり、臣民はそこに傅くことが義務であるという古来より伝わるカトリシズム的な国家論の反映です。さすがに、戦後はそれをそのままの言葉を維持してはいないようですが、その心性は固く、否、より強靭に保たれています。国家という外的枠組みではなく、今度は人間の内面こそ神的場であると説かれることによって。すべての人間に共通している"在る"という事態、しかもそれは各々の具体的な歴史や社会の現実を捨象してそれを超越して"在る"、つまり個々の人間よりも抽象論をこそ重視するという視点において、さっき述べたパウロ的な知の観念的分断の鬼子がこうした中世哲学なのであり、それは異端排除とファシズムの要因となるものを隠し持っている類のものなのですー念のために言っておきますが、ここでは観念は駄目で実践せよとしているのではありません。そもそも観念vs実践という分裂自体が観念的な作業なわけですし。ここで言っているのは、"観念的に何事かを全身全霊でおやりになるのは結構なことなのでどうぞお持ちになってる全ての知性を駆使しておやり下さい、しかしその産物はあくまでも観念の分野のみに有効な事柄に過ぎないのですからそれで以て血と汗を流して現実と格闘している実際の大衆に上から目線で領導せんと目論んだりましてや批判したり等はご遠慮下さい"ということです。神父だの研究者だのと持て囃したい御仁は御自分の携わってる特権的ないし特殊的で閉鎖的な場に向かう範囲だけに留まっておられれば良いのです、底が割れてしまう前にー。
もう一度言いますが、中世という歴史的・社会的現実の中から生じた人間の知の営みである"中世の哲学"と、近代的な普遍的絶対性から抽象化された中世哲学とは全く違う異質なものであるのです。神の存在証明であれ自然法論であれ、中世哲学の問題を存在そのものである神を問うものと観念的に設定したとしても、それで実際に中世の人間がみんなそのような仕方で神を信じていたことになるわけではありませんし、そんな論証やら議論やらをいくら調べたところで神が実際に中世では存在そのものであったのだと言えるようになるわけでもありません。まぁ、そういう議論の仕方に沿って神存在を信じていた人もいたかもしれないでしょう。しかし、信じたからその対象が実際に在ることにはなりません。だから、いくら存在にまつわる言説を追っかけたところで現実に中世を生きた人々が直面した事態とそれに対する思いや考えを理解したことにはならないのです。中世の人々は確かに宗教的な表象を用いています。しかしそれは宗教的な表象以外に表現する手段を持ち合わせていなかったが為であって、そうした宗教的な表象が実際には何を映し出す鏡となっていたかが問われねばなりません。換言すれば、問題はその時代の哲学者が何故"神"という表象を必要としたのかということです。あるいは必要とされねばならなかったのか。もしくは、何としても必要であるというような方向で知が展開されねばならなかったという時代の拘束性は何故生じたのかということです。建前として神についてあれこれ言っているそのこと自体が問われたとしても、結局は「神が在るから神は在る」という同語反復に行きつくしかないわけで、そうではなく、神という表象によって教皇やら王やら貴族やらの権力を裏打ちしているその仕方が語られること抜きに中世という時代の哲学の様相の理解にはならないのです。
とまぁこう申し上げると、それは社会構造に哲学を還元してるだの唯物史観的だのそれは哲学とは異質だと仰りたい向きもあるでしょうが、哲学を生きた現場から切り離して元々のものとは異質のものに仕立て上げているのはそうした還元主義だの唯物史観だのと宣う連中の方なわけで、そちらの方こそ中世の哲学がそうであったところのものではなくなってしまっているということ、あるいは近代的な抽象性や普遍性によって"中世の哲学"をずだずだに裁断していることを自覚していただきたいのです。そしてそうした抽象化の錬金術によって精製した張りぼての中世哲学という概念では現実の諸問題すなわち実際に生きている人々が呻き苦しんでいる状況を切り崩すことではできないのです。そうした個々別々の場面をひっくり返していくのは各々の現場で人々が抗っているその仕方です。実際の人々の抵抗を知り、それとの類比において私たちが今いる場所での拭いきれない困難さ立ち向かう術を考えていくことができるのです。日々を何とか生き抜いている大衆は哲学教授様ずれなんぞが及びもつかないところでものを考えているのです、そうでなければ容易く時代の権勢に呑み込まれていくだけですから。本来、"中世の哲学"が私たちに教えてくれるのは存在だの超越だのといった抽象的観念ではなく、むしろそうした実際に人間が持つ抵抗のしぶとさであるのです。
「美しい国」における学究的野暮ー『中世哲学の射程』なる紙媒体の現出状況に寄せてー
書評という訳でもなく、またあちらで書くと"一応"配慮して読むに値する部分ないし益になる読み方を模索しながらの作業になりますが、こちらではそうしたこと無しに、こんな周回遅れの研究書が一般書籍に近い棚に並ぶ奇妙な醜聞を生み出した状況へと思いを向けてまさに"個人の感想です!"を述べていきます。ので、著者の狂信者は回れ右してお帰りになられるようにお願いします。
不思議に思うのが岩下某もそうですがこの著者についても研究書としては最早賞味期限切れの手法による著書が矢鱈と再販されては、多くない紙資源と書棚とを占領していく現実。とくに岩下某なんぞは著書の矮小化した宗教概念によって自分の所属する派閥以外に対してしょうもない偏見と独善意識とをばら蒔くものでしかない訳で、まぁ確かにその意味で人はどのようにして他者に抑圧的に振る舞い得るのかを考察する上で好事例にはなりえますが、それにしてもそれに対する根本的批判も反省もなしに出版なさるとは、これでは中世哲学なる分野に発展も前進も求められないなと痛感いたしますよ、はい。
この著者も御同様。まぁ岩下某的な宗派意識は全面に押し出さぬにせよ、要は敬虔な神信仰を帯びた人間のみが品性を持ち合わせるという大前提が見え隠れするので非常に気色悪い。しかも。その敬虔な神信仰が現れるのは、哲学だの神学だのの形而上にまつわる知の最先端であって、そこから溢れた流出を有り難く民衆は受けとる事で神信仰に至り得るという話に行き着く語りで、言い換えれば信仰のトリクルダウンを一見高尚な調味料をまぶして提示しているだけ。極論を言えば、そうした神信仰を溢れ出させる哲学者の側に自分はいるのだという下らない自負をこちらに押し付ける意識が垣間見られるので、まぁ御自身で考える力を棄て去られた狂信者連中は称賛なさるんでしょうね。だから、日々の寒さや空腹を凌ぎつつ何とか日銭を稼ごうとする民衆には神は見向きもしないし到来もしないということなんでしょう。ましてや、電気代を節約するために普段は紙と鉛筆で思想的に格闘している人間には知は自らを示さないのでしょうが、そんな差別的な神なり知なりは端から願い下げではありますが。
今や中世に限らず哲学という学問はーいや学問という学問はー斜陽です。ゆえに、どうしたら生き延びることができるかを絶えず考えながら、その上で探究されるのです。日本の皆さんは最初から否定なさる欧州の哲学研究の傾向は、まさに哲学を学ぶ自分の負い目を実存的課題として背負いながら今を苦しむ民衆の生き抜く力となるように過去の思想を提示しようとします(何で日本の皆さんは否定なさるかって?そりゃ哲学をやってる自分はお偉いさんで苦しみとは大衆的無縁だと勘違いなさるからでしょうね)。だから、中世をやってようが近代だろうが様々な議論を御存じです。てか、日本にいますかね?ルッジェニーニのようにマルクスを片方で読み解きつつアンセルムスの神存在証明を論じられる人が?これができるのは神存在証明を単なる専門分野としての哲学的議論に留めずに人間の生き様の述懐として見出だしているからに他なりません。あるいは、ヴィッチエッロのように神存在証明から人間の弱さや限界性を語る思想や、セヴェリーノのような神からニヒリズムを語りつつそれを実際の資本主義的諸問題にぶつけていける思想は?あるわけがありませんよ、だって中世哲学ってのは神存在をめぐる哲学であって、それは人間の日常を離れた彼岸を志向するものだとして政治や経済といった民衆の苦痛なぞは周辺的課題にすぎぬかのように、この著者が領導している言説に批判も何もしないで大人しく従ってるのが学者さんなんですからね。
一応、この著者の手法の古さを指摘しておきましょう。昔は文献を資料として手に入れるのが難しかった訳で、その意味でたくさん資料を占有していてそれをお読みになりうる連中(しかし、特定の宗教の一派閥の一団体が人類の知的遺産を資金にかまけて占拠するのは学問的搾取ですよ)が重宝されていましたーまぁ、えらいご本をお読みにならはってようお勉強してならはりますなぁとは思いますがー。問題はそれを単に右から左へ受け流してくれれば良いものを、そうした膨大な資料から御自分たちの気に入る文言を抽出して再構成しなおす事です。ソ連共産党あたりがマルクス文献を編集する時にやった手法と似てます。言い換えれば、普通の人が知り得ない思想家の言説を、御自分たちの既得権益に合致する形で提示しているのです。今やネットでかなりの文献を見ることができる時代ですなのでこの手法は古いのです。
更に言えば、この著者は様々に対立したり矛盾したりする中世哲学者相互の思想を強引に一つに収斂させようとしています。まぁ中世哲学書についての逐語霊感説とでも言えば良いのでしょうが、そのために御自分の意図に合致する言説は高く持ち上げて意図に反する言説は蔑むか無視していきますー一例を挙げれば14世紀のアリストテレス主義とトマス主義を更に折衷させたカルメル会学派については無し。後に彼らは現実的諸問題への対応をトマス主義的解消を遂行しながら中世の諸文献を近世に渡す重要な役割をスペインで果たしていきますー。何と言う全体主義!言ってみれば、思想家の言葉をその人の人格から切り離して物件として利用するものです。で、収斂させる先というのは話は単純、神は存在そのものであって真理であって善である、だから存在を思考する哲学が中世哲学の根幹である。そして存在そのものである神は人間の知性を超えているから人間からは把捉できず、神が自らを人間の知性のうちに可知的にならしめることにより人間は神へと開かれる。…とまぁ何かファンタジーっぽい深夜アニメの梗概でも書いてるみたいになりますが、この単純で蒙昧な話はそこに留まらず以下のような帰結に至るのです。すなわち、そうした神が自らを現すのは知性の場である、ゆえに神へと開かれるのは知者である、民衆は知者の教導により神へと至りうる、とね。これが唾棄すべき論理であるのは、神存在なんて人間の妄想だと言い切る我々が言うのではなく、神へと至ることで人間は救われるという観念を拡散する側からの思考であるからです。つまり、"我らのような学者様の言いなりにならねば救われぬぞよ"と言ってるようなものだからです。こういう手合いは「神は知者を貶める為に此の世の愚を選び云々」にしても御自分は知者でなく"無知の知"たる哲学従事者だから神から選ばれた愚の方だと(普段は大衆を見下しているわりに)都合の悪い時だけ愚者ぶるので余計に鼻持ちならないのですが。これは思想家の諸言説以前に普遍的な思考様式が先在するかのように論じることで観念的に縛られていった結果、御自分の言説が絶対的であると何としても主張せねばならぬことになった哀れな道化の成れの果てとでも言えそうです。
この著者への専門的な批判はWestbergさんに任せておくとして、その視座が如何に世界を歪ませるかという自己批判なしに研究に埋没しうるのは羨ましい限りです。中世哲学なんてのに興味はありませんが若いor若かった友人たちの前でなんやかんや語る時に必要があったりして読んだりする程度であっても、こうした観念的倒錯型解釈が気持ち悪くて仕方ありません。仮にーあくまでも仮にー、神問題を語る思想家に共通性を見出だすなら、それは"神"と"此の世"の闘争に落とされ、そこで踠きながら此の世の原理に抗って逆らう術を神の中に見出だす、謂わば"抵抗の言説"です。実際の苦痛を除去する為に自らを抑えつける力に叛くこと、ここに神信仰に基礎づけられた思想は向かうのです。例え傷を背負い痛みに疼く体ごと十字架にくくりつけられたとしても「何故なんだ!」と叫んで己の仕打ちに反抗しうるのです。まぁ確かに神秘主義に傾きながら職業差別と大衆蔑視にどっぷり浸かって自分の持つ幼稚な道徳意識を振り撒くだけの"善き運命"なんて名前の方もいらはりますが、それにしても自分を押し流そうとする濁流に抗うだけの気概はお持ちなわけで、そうした抵抗も何もしなくて良い地位に安寧されてる学者連中が無視する思想家の"気概"にこそ、何かを見出だすべきです。しかし、こうした抵抗をまさに踏みにじるのがこの著者の手法なのです。例えば、有名なオッカムのウィリアムさんはこうした暴力性の被害者です。オッカムの著作は"政治的著作"と"非政治的著作"とに恣意的に分断されます。というのも、オッカムさんは周知の如くに教皇権批判を展開したので、教皇派にとっては都合が悪い言説に溢れています。そこで、そうした著作は闇に葬られる為に適当な理由をつけられて切り離されたのです。残った"非政治的著作"を論理学的視点から研究すればオッカムさんを反教皇派と見なす必要もなくなって唯一普遍の中世哲学潮流から外れることなく扱えるわけです。しかし、オッカムさんの場合はまさに"政治的著作"の内にこそ彼の気概が見出だせるのであり、それは"貧しさ"です。清貧と訳すと何やら胡散臭いのですが、ものの所有を棄てることにこそオッカム思想の基軸があります。俗に言う多く存在者を増やさないというオッカムの剃刀も思想的次元において遂行される"貧しさ"です。従って、或る思想家の思想を理解しようとするならば、その思想が思想家の人格的営みのどこから位置づけられたものかという視点抜きにはあり得ません。だから、この著者とは違って新しい手法たる分析的手法も似たり寄ったり。結局の所、分析哲学アプローチなるものに傾倒したがる連中は与えられた問題文に何の疑問も挟まずに機械のように情報処理することに長けているだけで、現実の諸問題や民衆の実際的苦痛を理解するだけの知性を持ち合わせぬ三文役者でしかないであって、謂わば自分の意にそぐわぬ他者を権威と暴虐で以て辱しめる学問的ハラスメント野郎なのです。ちょっと話が逸れましたが、ここから分かるように、観念的に或る人物の思想を分断して一方を拾い他方を棄てる手法は本来的な意味で思想家に向かう態度として最も不適切なものです。まぁこの著者はある所でオッカム政治思想を「全く下らない」と評していたそうですが、そりゃぁ「より大いなる神の栄光の為に」とか言って小さき群を踏みにじるような標語を御題目のように大事になさる心性の連中には"貧しさ"の実践なぞ下らないものに見えるでしょうね。
そう、このオッカム評価という個別的事態にこそ垣間見られるのです、繰り返し述べている気色悪い思考回路が。実際、時代を動かしているのは誰か、歴史を前に進めて来たのは誰か?こう問うと劇場版の『機動戦士Zガンダム』最終章を思い出します。「常に世界を動かして来たのは一握りの天才だ!」と宣う人物シロッコに「違う!それは違うぞ!」と投げつける主人公カミーユ、言ってみればこの著者の主張はシロッコなのです。カミーユは別の場面でこんな事もシロッコに言ってます。「お前だ!いつもいつも、脇から見ているだけで、人を弄んで!」まぁ哲学従事者なんてのは皆な多かれ少なかれこんなもんです。これには政治的な左派も右派も関係ありません。血や汗を流しながら働かねばならない民衆が少しばかりの余裕を求めて投資をしようとする思いを嘲笑しながら自分は社会主義者だから自分の言葉は理解されないだろうがと庶民の投資をまるで社会的害悪であるかのようなに宣う自称マルクス研究者も御同様です。この著者もかのマルクス研究者も、一方では御自分たちは決してそうした弱い立場に貶められる事が無いことを熟知した上で大衆を見下すような弁を放つ。しかし、他方では自分がそうした立場を失ってしまえば何者にもなれないことをも自覚しているが為に本心では自らがしがみつく地位や名誉を貪り食らう事に固執するという怯懦な小心者の振る舞いを見せる事になるのです。もし少しでも気概をお持ちなら御自分たちが何者であるかなんぞ誰も知らない気にかける余裕もないような限界状況に身を置いて汗と血を流しながらすったもんだしてご覧なさいよとは思いますが。で、話を『機動戦士Zガンダム』に戻すとカミーユはこんなことをも言ってます。「その傲慢は人を家畜にすることだ!人間を道具にして!それは人間が人間に一番やってはいけないことなんだ!」先ほども少し触れましたが、この著者の手法すなわち思想家の言説をその現場から切り離して己の利益拡充の補強として使用するという遣り口はまさに人格を道具つまり物件化することの学究的現象なのです。このように、単に古い手法は古いとして眺めていれば良いというものではなく、一昔前の封建的あるいは宗教全体主義的な抑圧と収奪の構造をそのまま持ち合わせているがゆえに、そこへの反省もないまま"研究者不可謬説"を信奉することは最早その研究分野は人間を人間であることから引き剥がす、カミーユの言葉を再利用すれば「人間が人間に一番やってはいけないこと」を現実化する為の補強に手を貸しているに過ぎません。
しかし、話を先ほどの問い即ち時代を動かしているのは誰かに戻せば、名も知られぬような民衆であり、その民衆の流す血と汗と涙であって、決して哲学者や神学者連中ではありません。理由は二つ。一つは小学生でも分かる話で、「じゃぁ、その哲学者様や神学者様が食べてるパンやら何やらは誰が作ったんだ」と。幾ら頭が良いかのように振舞おうが自分が知者であるかのように誰がに尊敬させるように抑圧しようが人間である以上は食ったり寝たりせずには生きられません。なんぞと言うとあーだこーだ言い始める輩がでますが、だったら自分で食う寝る住む為の資材をお作り頂いてからにして貰いましょうか。で、もう一つはやや真面目な話。ちゃんと中世哲学のあれこれを中世という欧州の歴史の動きの中に戻してから読み解くと、哲学者は今のようにー或いはこの著者のようにー自分の地位や名誉が保持されてる限りは寝食の心配なく大学や研究所に閉じ籠ってうだうだしてれば良い、というわけでもなく、自分たちの団体やら何やらの存在意義を周囲に発信しなければならなかったのです(ので、この著者や研究者が安易に見積もる程には楽して生きてもおらず、食べてく為に働かなきゃいけない立場だったりする人が多いです)。そして、自分たちの存在意義を示すには、一方では王族の他方ではやはり大衆の関心領域に一言放つ必要が出てきます(しかも、今ほど大衆が骨抜きにされていないために王族も民衆蜂起に気を配っていたりと、良くも悪くも結果的に実際的諸問題の解決へと目が向かざるを得ないわけです)。
例えば、アンセルムスさんなんかも土地の私的占有に反対して公共空間としての定置を計ったり、あるいはさっきの"善き運命"さんも妙ちくりんな商売ー今だと転売みたいな生産をするんじゃなく単に移動するだけで暴利を貪ろうとする連中とかーを口汚く批判したり、とまぁ色々ありますーこれらについては英米の"最近の"研究書を参考にー。或いは、かの聖なるトマス様ーちなみにこの人、現代研究者からは神の如き大哲学者として扱われていますが当時は危険人物と見なされていたようですよ。ジョーダンさんの『女性と信用取引』という法政大学出版から出されている邦訳書にこれについて一文だけ触れらていますーですが、俗に自殺は罪だと断罪してると言われますが、あれもそこだけ議論を切り取って普遍命題にするから問題が拡がるのです。これは、当時に流行ったファナティックな宗派による「現世で長生きして罪を何度も重ねるなら自殺して一回だけの罪を犯した方が救われる」とかいう今でも新興宗教で問題になる話が前提としてあり、それに対して「いや事態の回数じゃないから事態の深刻さだから」と論じているのがトマス様なわけで、そうした議論抜きに単に「聖なるトマス様は自殺を自然法と愛徳となんちゃらに逆らう罪だとしておるぞよ~」としたり顔で解説しちゃう訳者には呆れて物も言えません。歴史的状況を知らないなら下手に解説しないでスルーすればいいんですよ、無知は罪じゃないんだからーちなみにこうしたファナティックな信仰についてはマンセッリの著作で『西欧中世の民衆信仰』というタイトルで邦訳が八坂書房から2002年に出てます。てかこういう著作をこの著者のより先に一般書籍化したら?ー。
で、ここから結論。上記のように哲学者の言説は当時の時代状況に対する応答なのです。つまり、大衆が周辺的なのではなく、哲学者連中こそ大衆の周辺にいて大衆の活動によってその存在意義が呼び起こされていたのですーじゃあ何で哲学者がそこまで重要だと思われるようになったかは近代の"国民国家"定立に向けたイデオロギー統率過程において見られるのであり、従ってこの著者の古い手法もそうしたイデオロギー的性格に染み込んでいるとして読み解く必要がありますがそれはまた哲学研究それ自体の批判的超克の課題となりますので今回は問題提議ということでー。大衆が苦痛の毎日の中から何を食べようかと考えること、これはまさに自己の存在を反省する作業です。自分の置かれた現在的状況を起こり得る将来的課題と比較しながら考えているのです。まさに"いのち"の悲しい程に弱々しくもしかし荒々しい輝きがここにあるのです。これを哲学者様の小難しい御託宣と比べて低く見積もるのは、事柄についての反省能力のない只の愚か者でしかありません。名も知られぬ民衆が土地を耕して植物を育てて動物を育んでパンを作って物を売って…そうした在り来たりの日常を一生懸命それぞれが生き抜いたからこそ、哲学がその時代に合った言説を展開できたのです。忘れてはなりません、民衆こそが時代を動かしているのだと。学者や権力者はその上がりを貪っているに過ぎぬのだと。こうした意識を眠りにつかせる阿片的作用を引き起こすのが、この著者の手法なのです。学者は純粋無垢ではなく、鼻を利かせて体制にすりよった言説をばらまく為に一部の人間ー聖なるトマス様でもマルクスでもレーニンさんでも誰でも良いですがーが時代を作ってきたかのように惑わします。しかし、現実は抽象的普遍の中では遂行されず、個別的な事象として現れるのです。これを絶えず批判的に思いを向けていないと、自分自身も忘れてしまいます。個人的には、案外と中世の哲学者自身はこういうことに気づいていたんじゃないかなと思ってはいます。民衆、とりわけ貧しい人々にこそ神はいて、その貧しい人々のおかげで我々も神を知りうるのだって。だって、彼らの頭はこう言ったじゃないですか、「幸い、貧しき者」ってね。頭の言うことに心酔できねぇ手代なんぞは家族じゃねぇと思いますが、現代の研究者様は違うようで。あの中世哲学者の頭もご苦労なこってすな。
思想家の言説を成り立たせる事態がどのようにして形成されてどのように現実と対決しながら屈折して体制の中に取り込まれていくのか、そうした思想家の生全てへと注意を払うような手法なくして、哲学がーそれが中世であれ近世であれー私たち自身の問題意識とはならない。この点こそ、まずは想起すべきなのです。
無神論者の読む『聖書』ー『ルカ福音書』2:14「地に平和」【後編】
地に平和、すなわち抽象的観念の場でではなく、実際に人間が生きているその現場でこそ平和を遂行する。『ルカ福音書』2:14が語る平和はまさにそれを基点としているのであって暗夜を放浪するが如く彷徨する人間に負わされた苦痛を除去する為にこそ平和を語るべきという実践の端緒として示されるものであるが故に、通俗的リベラルが語る"平和"というもののように彼らによって概念的に歪曲された"憲法"だの"民主主義"だのを理由にしている観点的事態とは全く異なるのです。
というのも、平和を言う、しかしその平和を言う根底にはその元締めである前述したハンバーガー提供国の平和にすり寄り、その同じ平和を唱えることで元締めが垂れ流す資本の恩恵に与らんと目論む欲望が蠢いており、実際の人間の苦痛を"憲法"だの"民主主義"だのという想念の場に吸収してしまい、抽象的に数値化して、個別的実情には目もくれないからです。これが良いとか悪いとかを言いたいわけではありません。むしろ、問題は同じ平和を唱えさえすれば彼らが享受する資本の恩恵に与ることを可能にする構造がどのようにして成り立っているかです。あるいは逆で、彼らの資本の恩恵に与っている現状を自己肯定しようとせんが故にハンバーガー提供国由来の平和は良いと思うのか。いずれにせよ、彼らが妄想する平和が普遍的で追求すべき価値であるという仕方で"思い込んで"しまう所に問題があるのです。それを乗り越える為の道筋を、全ての人々の苦痛を共通に解消すべきものであって何れの陣営に与すれば手に入るものではないという仕方で、私たちの箇所は示しています。
私たちは、ここ数年のうちに大きなうねりを経験し、そこに由来するどうしようもない苦痛と不安に直面しています。夜は寒さに凍えて、すきま風を子守唄代わりに耳にしながら朝が来るまで眠るともなく時が過ぎるのを待つしかない生き方の内に投げ込まれている方々がいる一方で、「やさしい」だの「強い」だのと軽薄で浮泛な言葉で大衆を拐かす団体の領袖はクラシック音楽を聴きながら暖房と音響設備の整った部屋でゆったりとすやすやおねんねなさっていることを臆面もなく世間に吹聴なさる、しかもそれを称賛して追従することに何の戸惑いもない取り巻き集塊もいる。こうした現実の中ではもはや政治屋なぞ政党なぞ議会なぞ只の学級会の御遊戯の延長に過ぎぬのだと実感してそれに見切りをつけ、その一方で、自分自身が時代の混乱の力によって壊されていき、その力に為す術もなく流されるだけだと感じてしまう。そんな日常の即ち自分の実存全てがそこにかかっている現場での不安は何らかの寄る辺を探して流離うことを私たちに強制する。その寄る辺polisを作り上げることが本来的な政治politikaであるはずが、逆にそうした大衆の不安を上手く利用して誘導することで一つの観念的共同体に取り込む。ここに敵味方に分断していく思考を成立させる歴史的条件を見るのであって、今の時代における"平和"の言説が大衆の不安を煽って強固な一つのイデオロギー体を形成してそこから他を見下す為の観念装置に過ぎないのだということが鮮明になるのです。
矢鱈と国名を出しては一方を持ち上げて他方を腐すやり方を自称コミュニスト集団がやっている、これは大衆の不安の上に胡座をかいて自らの団体とその中央に鎮座まします"御神体"の如き領袖の安寧と存続を企むことであり、そこでの"平和"はその内実が理性的に問われることなく、何かの呪文のように決まりきった文句を反復するのみであって、それはすなわち"平和"と唱える団体への帰属意識のみが大事となっていることを示しています。つまり、劣悪な種類の狂信者と化していき、何ゆえコミュニストの唱える"平和"が必要とされるのかという思考のないままに或いは何の根拠も哲学もないままにコミュニスト政党でなければならないのだと傾倒して頑強に固執する、これは阿片たる宗教の脱宗教化した現象であるのです。そして、その故にコミュニスト団体とその御仲間の提唱する"平和"以外を十把一絡げにして否定する。あれもだめこれもだめ、反党分子は追い出せ、反対言説は潰せ、ある意味でこれは歴史が示してきた悲しき人間の在り様なのです。これを乗り越えて自ら自身が平和の担い手となることなしに平和を唱えることなぞ無理なのにも関わらず。
このようにして考えると、平和というものをある種の限定状況の内に語ることの危うさが見えてきます。ある特定の状況で語られる"平和"とは敵味方の分断を帰結します。平和的解決なんぞと言う胡散臭い言葉の具体化は経済制裁とかいうものであったりしますが、それを行って困るのは全ての国の大衆であって、それで利するのは例えばハンバーガー提供国の大資本家であったり、その関連する企業であったりするのです。そういう現実を見ることなしに普段は"対なんちゃら追従反対"とか口幅ったく語っている擬似コミュニスト連中は結局の所ハンバーガー提供国に媚び諂っているのと何ら違いはなく、そしてその盲信的追従集団はそんな事を露ほども気にすることなく上位団体が押しつける"平和"だの"憲法"だのと空語を振りかざしては自らの生で本来的に立ち向かわねばならぬ不安を安心へと上意下達の団体に属しているだけで解消して自己満足しているだけの様相を呈しているのです。謂わば、世間の趨勢あるいは"勝ち馬"に乗っかってー経済学で言うフリーライダーというものー、戦争を生み出しているその根本原因であるハンバーガー提供国内の軍備拡張を批判することすらなく同じ陣営に嬉々として没入して、そのくせまるで自分たちが"平和"を創設しているかのように世間を誑かしているだけです。いや、あんたらのやるべきことは他にあるだろうよ、あんたらが腐している国の労働者が追いやられている劣悪な状況をひっくり返すことなしにその国の軍事的状況を転換することは出来ないのだから、そうした人間の現実的な生き様を変えること抜きに只その国の上っ面に出てくる部分のみを論う権利なぞあんたらのどこにも無いのだよ、と言い放ちたくなります。
こうした点、つまり平和が本来的に立ち向かわねばならぬ点の思考可能性を開示するものがまさに私たちの箇所なのです。語られている場面設定を見てみます。暗く寒い夜ー古代ですから本当に灯り一つ無い夜ーに屋外で働くことを余儀無くされている人々にこそ「地に平和」と告げられているのです。すなわち、平和がもたらされるべき人とは、劣悪な労働環境の中で文字通り心身を磨り減らしながら日々の糧を繋ぐ為に働かざるを得ない人、さらに言えば、働くということがその人がその人として大切にされるべき事態ー換言すれば「人格」ーを奪い取って物として扱われることを直ちに意味するような世界に投げ込まれて、深淵の闇の中に沈み込まされて自分の居場所すら追いやられている人ー働けようが働けまいが関係なくー、そういう人であるのです。通俗的コミュニストが自分たちに都合の良い"労働者"のみを相手にしてただ物として機械として"働く"ことを基底となして世間を判断するような"肩書き"や"所属"でしか人を見ていない視点とは決定的に異なり、誰からも見つけてもらえぬ程に暗い闇の中に居ざるを得ない人、そうした根本的な人間の苦痛をこそ癒して取り除くものだとして平和を語っているのが私たちの箇所です。それに反して、"平和"だの"憲法"だの"民主主義"だのと壊れた蓄音機よろしく連呼することで自分たちの不安や不満ややるせなさを帰属意識で安心することで紛らわし、そうしたルサンチマンをイデオロギー化して一つの集団を作っては自分たちこそが平和を享受するに相応しいと自己欺瞞を犯している集塊が語る"平和"とは只の独善的自己言明に過ぎないのです。この点において、進化論を否定して創造論こそが真理だと語りかたがる心性と類似しています。というのも、創造論は"聖書"の文句に、かの集塊は"憲法"の文言に、そうしたエクリチュールに隷属さえすれば何の探究もせず何の葛藤もせずに世間よりも知の観点の内に上位に立って大衆を見下しうると思い上がる、そういう点において、両者は共通しているのです。
しかし、私たちの箇所で語られる平和とは、そうした何らかの集団や組織に従い、さらに自分の苦しみや痛みの除去よりも団体教義にこそ自分の意識を集中させながら隷属することを根本的動機とする集塊の玩具として持て囃している妄言としての"平和"とまるきり違う位相にあるものです。私たちの箇所では、無条件で無制約的なものとして平和が提示されています。これは対になっているのが「栄光」ということからも明らかです。この栄光doxaですが、これは反映という意味の語で、神の反映を即ち栄光としてキリスト教用語では訳が定着しています。従って、神の神たることの内実の映し、あるいは人が神という概念を考案した際にそこに込めた希求、さらに言えば人が絶対者というものを思索する上でその本質たる無条件性や普遍性を具体化した事態と対になるものが平和として語られているのです。換言すれば、平和とは敵味方を分断して片方に肩入れして片方を傷める事を企てる為の方便ではなく、そうした分断や区別といった人間の側によって構成された観念的事行以前の或いは観念を乗り越えた剥き出しの人間に向けて現実化すべきものであるのです。哲学的用語を使うなら、定言命法としての平和といった形式的で抽象的な命法として私たちに対して現存するものではなく、実際の力として、この世界を支配する暴力的に人を踏みにじる権勢を吹き飛ばす力として、私たちを根底から生かしなおす力として在るものが平和の内実だということです。だから、国や種族や性別や年齢や収入や思想や所属によって条件づけられるものではなく、人が人として在るそのことに因って誰もが共通にその該当者となるものなのです。
先ほど少し触れましたがビザンチン系写本の3行詩は、この点を考える上で興味深い含意を個人的に感じるのですが、即ちそこでは「地に」平和と謳われています。人の中だけにでなく地に。草も花も木も鳥も虫も動物も、そうした生きとし生けるもの全てに「平和」と告げらることになっています。実際、私たちの箇所では羊飼いに語られているのですから、一緒に羊がいることでしょう。或いは、牧草も大地を這う虫も。そうした地に在る全てのものを含んでこそ平和であると考える時、平和とは今ここにある景色に映るものを失いたくない、この空の下で生きている命を守りたいという思いから語られているのだと気づかされます。"民主主義"だの"主権"だのといった観念的で抽象的な妄想からしか"平和"を語れない集塊がこうした点を気にもしない割に調子合わせで"気候変動"だの"自然環境"だのと口にしても本心では実際の問題性を意に介しておらず、たかだか数値上のやりくり程度でしか意識していないのだということが暴露されるのです。平和というものこそが自然を考える為の基点となる、そういうことをビザンチン系写本は教えてくれます。
私たちの写本の2対詩では「人」に向けられており、その意味で3行詩では自然と同等なる位相から語られている一方で、こちらは人間は自然のつまり地の中に投げ込まれていることが謳われ、自然から受動的にその生を維持する術を与えられていることが示唆されています。"エコロジー"だの何だのと言って人間のみが能動的に自然を守ってやれる或いは自然をコントロールしてやれるという何様意識が見え隠れするのとは全然異なる方向性です。謂わば、平和とは誰かー政治団体だとか官僚だとか学者連中だとかのテクノクラートどもーが設計主義的に上から大衆に啓示するようなものではなく、一人一人が今生きている中で被っている悲しみや痛みを少しでもいいから取り除いていくことで実現されるものーマルクスの言葉を借りるなら受苦的存在としての個人がその必要に応じてその能力に即してということになりますー、こうした事態が平和の内実として私たちの箇所で語られているのです。
まだまだ色々と考えてそれを実践に向けていかねばならぬことが多くありますが、今回は序説的に語るに留めておきます。最後に余談というか蛇足というかですが、本当に最近の美しい国と呼ばれる地域に生息する建前だけのコミュニスト団体の妄言は呆れるものがあります。その"平和"が如何に軽佻浮薄かは語りましたが、そこから派生して彼らの示す社会変換の為の"政策"なるものの現実味のなさたるや。賃金を上げよう、労働時間を短縮しよう、そういう前世紀の東欧国家社会主義国で散々実施されてきた政策の二番煎じのような外皮的なことばかり声高に叫んでおられるようですが、いくらそうした数値上のことを操作したからとて生きることの根底に存する労働が"物として働かされる"次元から解き放たれない限り、本来の共産主義が目指すべき、労働というものが世界の内で実際に価値を作り上げていること、だからこそ働く者たちが自分たちの社会や現実を作っているのだと働く当事者自身が心から感じてそれを実践することができる生き様には到底到達しえぬのです。世を動かしているのは政治屋でも投資家でもなく名もなき人々の汗と涙なのです。これを基盤としえぬままコミュニストと僭称するのは表現の自由が保障されている範囲で御随意にですが、その結果は東欧国家社会主義国がどうなったかと同じ事になる御自覚の上でという感じです。こうした点、即ち労働する者が自らの労働を自ら自身のものとする為の実践は如何にして可能かという点も「地に平和」から探究せねばならぬ問いではありますが、それはそれでまたいずれ。
無神論者の読む『聖書』ー『ルカ福音書』2:14「地に平和」【前編】
予め個人的立場を明確にしておくなら、"神"という概念は人間が考え出した観念に過ぎぬと見なすものです。何らかの経験的表象から抽出されたのではなく、単に"完全なる存在"という概念を通俗化したものです。だから、人の口に上る"神"とは、それを語る人間の想念の言表でしかないのであり、その現実存在性に裏打ちされたものではないのです。しかし、だからこそ、そうした"神"についての言明は人間の欲求、願望、思慕などの情念の映し鏡となっているのであって、"神"をつぶさに見ていくことによって、人間の欲望の体系を反省的に思索しうることになるのです。従って、ナザレという町に産まれた大工の息子であるイエスという歴史上類いまれなる人間に纏わる言説、とりわけ彼から歴史上の人間であることを奪い去り、超越的な救世主という茨の冠をかぶせて、自分たちの欲情の十字架に張り付けにしながら大衆を支配せんとしたキリスト教と名乗る集団の所業という、歴史の中の一つの情念の具体化過程から人間の欲望の体系を見る為の視座が開かれることになるのです。
と、仰々しい物言いをしましたが、個人的な意図としては、古代の人が書き残したものである『新約聖書』と呼ばれる一群の文献を、上述した立場から読んでいこうという只の読書メモのようなものを少しずつ進めたいと思い立ったわけです。なお、『新約聖書』に関しましてはNestle-Aland, Deutsche Bibelgesellschaft Stuttgard, 26 Auflage, 7.revidierter Druck, 1983を用いていますが、理由は学生時代に古本屋さんで購入して手に馴染んでいるという個人的なものであって、とりたてて文献学的意味はありません。
さて、今回は『ルカ福音書』2:14。季節的にはXmasの話なので時期外れの感はありますがそれはそれで。原文を日本語に置き換えるー翻訳ではなくーとこんな感じ。
栄光が 至高なる所にて 神に
そして 地の上に 平和が
人々に 喜ばしき
この最高の部分、前置詞en+人々となっていて、その人々の形容詞としてeudokiaが係っています。ネストレの註ではこの語をラテン語訳した際にbona voluntasという変ちくりんな訳語を当てたそうです。そのせいで、今でもローマに本店を置くキリスト教の一派に過ぎない組織の日本支店が主催する儀式の最中で「善意の人々」となっているそうですがーこちらは知人からの情報ー、このeudokiaにそんな意味はありませんし、そんな用例もありません。あるいは、これを「み心にかなう人々」と記してあるのもあるようですが、どこから「心」やら「かなう」やらが出てきたのかさっぱり分かりません。こういうのは創作であって翻訳とは言いません。しかし、ここでこれらの奇妙奇天烈な訳で人々の思考を誘導したことはかなり悪どい問題を引き起こすことになるので、それについては後述していきます。このeudokiaは人名や作品名にも用いられる頻繁に目にする単語で、その元たる動詞にしても善いものと思う、まさに喜ぶということなのですが、その形容詞になります。ただ、私たちの箇所では誰が喜ぶのかという点が分かりにくい。こうなると昔は困ったものですが、最近は便利になりました。ネットで検索すると、用例やら何やらが出てきます。この『ルカ福音書』が書かれた文化圏ではこの語一つで神が喜ぶところのという意味内容で用いられているようですので、それに鑑みれば、私たちの箇所でも、神が喜ぶそういう存在であるところの人間、あるいは人間とは神が喜びのうちに創造したものである、そういう人間の内実を示す語として用いられていることが分かります。つまり、人間とは神が喜ぶ或いは神によって善しとされた存在であるという宣言がここに刻まれているのであり、従って、ここでの「人々」とは『ルカ福音書』12:10での「全ての民に」という言葉と呼応しています。つまり、地に平和と言われてる時に願われているのは"全ての"人間に向かってであり、あれやこれやの偶有的状況によって左右される事柄ではなく、人が人として在るその現実全てを包み込むようにして言われているのです。なお、12:10の民laosという言葉、『旧約聖書』では定冠詞を伴ってイスラエルの民を示す語であるのでーこの辺りもネットで検索すると用例が出てきますー、ここでもイスラエルをそして新しいイスラエルである教会を示すとか何とかと矮小化したがる連中もいるようですが、『ルカ福音書』での用例を調べてみれば明らかですので、福音書著者は特に限定して用いる場合を除いて一般的に「人々」を示す語として使っています。すなわち、私たちの箇所で言われているのは、好き嫌い、敵味方、"隣人"、"異端"etcといった物差しによって区分される以前の生の人間それ自体が平和の基体となる、そういうことです。どこぞの国旗に接吻することが平和への祈念だと愚かにも考える知性とはまさに雲泥の差があります。
因みに、ネストレの註を読みますと面白い話が。この形容詞として人々を修飾する語として用いられているeudokiaを主格として記して、
栄光が 至高なる所で 神に
そして 地の上に 平和が
(そして) 人々に 喜びが
というように3行詩にしている写本があるようで。これはビザンチン系列の写本に見られるそうですので、おそらく、ここに三位一体の"神秘"でも見たのでしょうね。気持ちは分からなくもないのですが、というのも、これは「救い主たるキリスト」の有難い降誕の場面を描いているように見えるので。そこで神聖なる教義を見出だすなんぞというのは如何にも机の上で文字をこね回すだけで"神theoー語りlogia"に着手なさる神学者様のお気に召しそうではありませんか。これについてこんなふうに説教できそうです、つまり、「御父は天に栄光をもたらし、次いで御子は地に平和をもたらし、それによって聖霊が人々に喜びをもたらすのです」とか何とか。つまり、東方教父であれば父→子→聖霊の位階秩序に従って成り立つと説くことになります。あるいは、西方教父であれば、栄光即平和即歓喜と同時性を強調することになるでしょう。素人の浅知恵レベルでも予想がつくような内容を勿体ぶって語るのが神学者という御職業ですので、ミーニュでも調べたら出てきそうですがそれはそれとして。この写本の読みの面白さは、地の平和という事態を人々にもたらされる喜びが示すものであるとしていることです。つまり、人々が喜ぶことが平和の理拠なのであり、"平和"だの"民主主義"だの"憲法"だのの自分たちの頭で都合良く組み換えた"観念"を人々に強要してその遂行の為に自分たちは食事一つ減らすでもなくただ人々に苦痛や我慢を強いる組織風土というものはまさに平和に反目するものであり、平和を根底から破壊する思想なのだということです。自称リベラルの説く"平和"の欺瞞を暴露する上で非常に有益な示唆に富んでいる写本の読みと言えます。
で、話を戻して先ほどの「喜ばしきものたる人々」の解釈問題に移りましょう。これをbona voluntasと訳すことで、平和がもたらされる人々の範囲を「善意のある」に条件づけようとする妄言が今でもキリスト教界隈にこびりついているようです。ラテン語の善意の人々をそのまま継承せずとも形や姿を変えて、結局は信者のみが平和に値するという吝嗇くさい話に陥れているわけです。これは非常に悪どい仕方での曲解です。せっかくこの賛歌の作者は神が自らの喜びとした全ての人間という意味を踏みにじって身内だけに制限するという鼻持ちならぬ選民意識で塗りつぶしてしまったのですから。まさにこうした点をこそ、キリスト教批判とか言いたがる面々は叩くべきです。キリスト教批判が可能であるのは、それは徹底的に彼らの"聖典"たる聖書なるものを原典と原意に照らし合わせて読んでいくことに依拠するのであり、そうした営みを通してのみ通俗的教会教説と聖書との差を暴露していくことが出来るのです。つまり、ギリシャ語で聖書を読むこと以外にキリスト教批判はあり得ません。にもかかわらず、日本語で書かれた/訳されたあるいはせいぜいのところ英語で書かれた/訳された書物の文字面をなぞっただけでキリスト教批判がおできになるという知性をお持ちの御仁は、せいぜいその程度の批判精神しか持ちえていないのであり、そうした御仁におできになるのは他人様の論文を無断借用なさる教授様や口では十字架だの何だのと言いながら結局は権威に追従なさることしかおできにならぬ神学者様の言葉を称賛なさること位でしょうから、そうした御仁の説く"批判"ー思想であれ政治であれ作品であれーなんぞに構っている暇なぞ私たちは持ちあわせていないのです。まぁ、たくさん御本をお読みになって難しい漢字や英単語のお勉強なされてよろしおすなぁという感じです。
話が横に逸れましたが、問題はこうした悪どい曲解、すなわち開かれた言説を閉鎖的で独善的意味にすげ替えることを可能にする構造は一体何なのかということです。この問題は、以前にこのブログで書いたヤハマン著『カントの生涯』の邦訳書レビューで言及しましたが、カント『永遠平和のために』に書かれている「いっさいの敵意がなくなること」としての平和を、いっさいの敵意をなくすために敵意を持って自分たちーそこでは西欧諸国ーに現れる相手ー要は西欧以外の国ーを殲滅することを条件として、それが遂行されることが平和の為に必要とされると宣っていた英国人の言説と類似しています。政治家や神学者の語る言葉、平和でも愛でもそうですが耳に心地よく響く言葉こそ、実はその裏に対峙する誰かの排除を直ちに含んでいるのです。すなわち、ハンバーガーを友好国の代表が訪問した際に提供する国で唱えられている"自由"だの"民主主義"だのといったものが自分とその仲間内にしか当てはまらずに、そこから一歩でもはみ出すや否や民主主義を脅かす排除すべき脅威と呼ばれるのと同じように。その意味で私たちの箇所についての愚劣な曲解は、昔々の宗教談義なぞではなく、まさに今の私たちが直面している問題なのですーそれをアクチュアルと言うって?そういう中途半端なカタカナ文字は不要ですー。
ここで考えるべきは、平和というその語を用いて行われている敵味方の分断です。物事を分節して捉えていく知の動きは古今東西を問わずに人間の心性にこびりついています。その中で、かの分断する思考が頭をもたげてくる状況はある程度の類似性があるように思われます。例えば、私たちの箇所を信者と非信者とに分断する或いは善意の人々と悪意の人々とにーその語の意味規定を問わずにー分断する解釈は既に古代において成立しています。その特徴的な歴史状況とは、原始キリスト教の正統異端問題です。出来上がったばかりの教団を一つのイデオロギーの元に纏め上げる、この作業は教団内部での外部からの攻撃に対してどの考えに従うべきかという憂慮から出来しています。つまり、内的な不安状況がこうした2分法を成立させるのです。カントの『永遠平和のために』について敵国殲滅を前提として読んだその時代状況も、第一次大戦以前の各国による軍事同盟乱立期であり、軍備増強による民衆の日常生活の圧迫とそれに由来する不安の時代でした。この類比として考えられることは、今まさに敵か味方かと分断を叫ぶ声の背景には、私たち自身が痛感しているところの不安があり、その不安を上手く利用して大衆を煽動することで分断の言説が強固なものとして現状に根をはっているのです。 (続く)
【書評ー蛇足その1ー】Silva, Ludovico, "La Alienación como Sistema"
前回は、シルヴァによる『システムとしての疎外』の要約を試みましたが、今回はその読書中に考えたことを述べることで、本書の射程を拡げていきたいと思います。
本書の示す読み方で見えてくるのは、新たなーというよりも科学的社会主義を標榜するような政治政党による独裁的国家社会主義者によってねじ曲げらたこと虚像のマルクスを元に戻すだけですがーマルクスの姿です。
例えば、エンゲルスさんが「マルクスは若い時分はフォイエルバッハ主義者であったがそれを捨て去った」と仰っているようですが、マルクスはフォイエルバッハと同じ言葉を用いてはいますが、端から主義者なぞではなく、独自の視点で言葉を使っていたということです。そもそもの話ですが、或る思想と出会い、そこから影響を受けたに飽き足らず、主義者にまでなるというのは、そこいらで面白い本を読みましたレベルの話ではなく、それこそ抜けない棘のように刺さり続けていく体験なのです。仮に、そのようにして成った主義者だったならば、そこから脱却しようとしても、その棘のように刺さっている思想は彼女ないし彼の中で疼いて縛り上げていくものです。だから、エンゲルスさんの言うように、マルクスがフォイエルバッハ主義者であった時期があるなら、後のマルクスの記述の中にもその傷痕が見られるのであり、読み手はテキストに当たる際にそれを絶えず取り除いていかなければならないくらいに目につくはずです。ある時期は主義者で後には捨てましたなんぞと単純に言えるのは、世話になった若手研究者を自分の利益や都合でころころ変えたりばっさり捨てたりする人の心のない大学教授様のようなサイコパス的心性ならいざ知らず、普通はあり得ない話です。まぁ、思想家の足元にも及ばない所か似ても似つかない軽薄な自称有識者の皆様は簡単に割りきれなさるようですが、御自分たちの単純な若しくは屈折した感性を歴史に名を残すような思想家の解説に持ち込むのはお止め頂きたいものです。
もし、あくまでもこの点をどうしても基軸としてお読みになりたいというのであれば、それは「マルクスはフォイエルバッハ主義者であったが後にそれを捨て去ることになるのだが、しかしその残滓は後期の著作の中にもこびりついている」という立場しかないでしょう。この立場からマルクスについての見通しを立てたものに、かの有名なドイツ哲学史家であるHenrich,D.によるKarl Marx als Schüler Hegelsという論文があります(元はUniversitätstage, Berlin, 1961, S.5-19、現在は"Hegel im Kontext", Suhrkamp, 2015に所収)が、これは短い論文なので細かくテキストを見ているのではなく、その視座を与えるに留まっているものですが、こうした残滓を見ていく的な手法を唱えているのがヘンリッヒさんだという時点で「あっ…(察し)」となるのではないでしょうか。確かに、ヘンリッヒさんほどの顕学は他にはいませんが、しかし、難しく書かれている内容を更に難しく解説することに定評のある方です。その方の唱える解釈ですから、この読みはテキストにはないものを外部から持ち込んでテキストを見ていくことによって複雑にしてしまい、一般人には縁遠いものにしてしまう読み方なのだということを問わず語りに示しています。もっと言ってしまえば、この読み方はヘンリッヒくらい哲学史について造詣が深く知識を持ち高度なそれらの処理能力をお持ちの学者クラスにならねば到底無理だということで、美しい国と称される地域で見回してもそんな方は絶滅危惧種なために、学界での身の振り方に長けているだけの方々は素直に止めておくのが無難です。むしろ、きちんとテキストに向かい、余計な読み込みを入れないでー昨今流行りのエコロジー的なんちゃらとかもこの余計な読み込みの弊害を生む要因ですがーマルクスの言説に向かうこと、そのことの方がはるかに実りが大きい。というよりも、そのことでしか、マルクスの言説を理解するには至らないのです。残念ながら、マルクスーレーニン主義だの科学的社会主義だのといった御題目を毎朝毎夜唱えておいでのような方々が執着される「正しいマルクス」だのといったものを喧しく叫ばれてる声が数を頼みに自分たち以外を弾圧せんと息巻いているような現状では、テキストそれ自体に向かうことは非常に困難かも知れません。実際、なんちゃら主義のためにマルクスを読んでいるほうが楽なんです、結論はどっかの指導者層が自分たちの利害に合わせて用意してくれていますので。しかしながら、それは本来的な意味での「科学的wissenschaftlicher」、つまり人間の能動的な活動としての知るという在り方に根差した事態ではなく、それは人間が人間たることを自ら放棄することになります。こうした現状を見るにつけ、科学的社会主義と僭称される方々は本当に科学というものを考えようとなさっているのかしらと心配になります。どのようにマルクスを読むかとは、単に読書の態度ではなく、読む主体の在り方そのものが問われているのです。
で、話は変わって、『システムとしての疎外』を読んで思うのが、疎外論という問題意識はマルクスの全生涯に渡る問題だったとして、なぜ或る場面では疎外という語を用いて、また他の場面ではーそれが明らかに疎外という事態を扱っているにも関わらずーその言葉を用いないのか、ということです。このことを明らかにするためには本来なら一つ一つ丁寧にテキストに当たることを必然とするでしょうが、なにせこちらは素人の横好き、草稿を含めた全著作なんぞ知る由もなく、とりあえずの見通しをつけるならば、著者シルヴァが指摘したように、『経済学・哲学草稿』では疎外が「現象学的に」(本書p.184)語られていたという点がヒントになります。すなわち、疎外とは、前述したようなその語源たるalienatioの中世的用法から分かるように、ある人が置かれている遠ざかりの状況、すなわち、その人が持っていてその人自身のものである事柄がその人から遠ざかっているという状況に関わっています。だから、マルクスにおいては労働者が自分のものである労働から遠ざかっているのが現存する労働の実情であることを描写する際に疎外という語を用いているのが本書の記述からも分かります。それに対して、明らかに疎外つまり労働者の労働は労働者自身のものであるにも関わらず労働者から遠ざかっているという問題を扱いながらもその語を用いない時は、疎外という状況に陥っている現状が、どのようにして定立したのかという成立過程が主眼になっているように思われます。
例を挙げます。これの元ネタは、Dussel,E., "Metafora teologiche di Marx", trad. di Infranca, A., Inschibboleth Edizioni, 2018, p.122なんですが、それはともかくとして、マルクスの言に、
もはやこの関係は、端的に一つの倒錯、つまり物件Sacheの人格化であって人格Personの物件化なのだ。というのも、この形式をそれまでの形式から区分するものは、資本家が何らかの個人的[=人格的]資格に基づいて労働者を支配するということではなくて、労働者が"資本"である限りにおいてのみ、そのような仕方で支配するということだからである。資本家の支配は、生きた労働に対置される対象化された労働が支配するということ、労働者自身に対置される労働者の生産物が支配するということ以外の何ものでもないのだ。(新MEGA II 3-6, s.2161)
とあります。これはーよく読めば容易に分かりますがー、資本家が悪い奴で労働者はその悪意によって玩ばれているというような表皮的な話をしているのではありません。マルクスはあくまでも、資本主義社会の現状を淡々と、しかしそれに対する憤慨と怒気を以て、冷徹に記述しているのです。すなわち、ハンス(仮名)という資本家が労働者のペーター(仮名)を強要しているという個別的図式ではなく、というのも、そうであればハンス(仮名)を改心させて酷い目に合わせた分をペーター(仮名)に保障すれば解決する話となってしまいます。そうではなく、資本主義社会の中に投げ込まれた瞬間に資本家ー労働者の関係は、物件の関係と化すのです。
それは何故か。違う文献に飛んで恐縮ですが、『Grundrisse』の有名な箇所を。
交換価値のうちに、人格の社会的関わりは物件の社会的関係に化する。人格的な能力は物件的な能力へと化するのだ。(Marx, K., "Grundrisse der Kritik der politischen Ökonomie", Dietz, 1974, s.75)
このようにして、マルクスは労働者はそれ自身ユニークな存在であるにも関わらず、交換価値の抽象に取り込まれていくそのことでを、人格から物件と化すことを描写しています。先ほどの箇所では、生きた労働ではなくて「対象化された労働」すなわちその人自身のものであってその人に固有なものである労働が、その人の固有性から遠ざかってオブジェになっていくーこうした過程によって疎外という現実が出来したという問題意識を読み込むかどうかは御随意にー、労働者自身ではなく労働者の生産物が労働の眼目となって労働というものから人間らしさが滑り落ちていく、その結果として労働者の労働が労働力という商品と化していくことを暴いているのです。この辺りは、もっと厳密にテキストを読まなければならないでしょうが、とにかく、疎外の現実を語るに当たり、それをそれとして提示するのではなく、それがどのような過程で産み落とされたのかを経済学の批判を通して明らかにする時には、余計な概念は持ち込まずに経済学の批判に徹して、そこから事態を述べるのがマルクス的な手法だということが分かります。
お気づきのように、Sacheを物象ではなく物件と訳しています。それは、前回触れましたが、このSacheとPersonの対比によって人間の在り方を問うものにはカントの倫理学がすでに先んじて存します。このカントは営みとの比較によってマルクスの問題射程が明確になると思われる為に、カント的な伝統を汲んで訳しているのです。では、そのカントの言を見てみましょう、少しだけ。
このように我々の行為を通して獲得される全ての対象の価値は絶えず条件の元にある。我々の意志の上にあるのではなく、むしろ自然の上にある現存在の存在は、理性の欠落した存在であるなら、手段としての相対的な価値だけを持つに過ぎない。そしてこのことから物件と呼ばれるのであり、それに対して理性的な存在は人格と呼ばれるのであって、というのも、その自然本性はまさしく目的それ自体であるためであり、すなわち、単に手段として使用されるようになってはならないのであって…(Kant,I., "Grundlegung zur Metaphysik der Sitten", IV 428)
云々と続きますが、明確にカントは物件ということの内実を示しています。すなわち、物件とは、気まぐれな欲求によって調達されるものであり、理性の欠いた存在物であり、他のものと代替可能な手段であり、理性的な存在は、それに対して、目的として扱われるべきものとされています。図式的には一見すると分かりやすいのですが、ちょっと立ち止まって考えると、ではなぜ目的として扱われるべき存在者が手段として、他の欲求に隷属するものとされてしまうのか、そういう視点がないために、目的―手段の倒錯が生じる理由と解決という問題をどうしたらよいのか戸惑います。ここでのカントの記述を読む限りでは、あくまでも個人の倫理性の事件でこの問いが対応されることになってしまいます。確かに、人間が他者に対して意図的に善となるように振る舞ってみても、その振る舞いのうちには何らかの自分への見返り要求が入っていて、従って、そうした善行為も結局は他者を自分の利得のための手段として扱っているのであり、それは人間に対する接し方として間違っているのであるから、そうした関係性をひっくり返して、一人一人がただ他者に相応しい在り方を実現することを義務として行為することによって多少なりとも変化が生じるのかも知れません。しかし、そんなまどろっこしいことを語る間にも、働く人たちは日銭を稼ぐために身を削っていて、すなわち、毎日の生活を成り立たせるために働かなければならないが故に働くことで心身ともに疲れて傷いてしまっていくというこの現状は進んでいくのです。従って、個人の内に物件化の要因とその解決を見るとしても、それはある程度余裕のある向きには適しているかもしれませんが、「日ごとのパンを我らに」という言葉が単なる祈りではなくて切実とした要求とならざるをえない立場に追いやられてしまっている人たちが安心して食って寝ることをまさに今日それを可能なするのかどうかは私には分かりません。
つまり、こうした物言いでは、人はまだ物件とも人格とも扱われることになりうるその分岐点に立っていることになります。それに対して、マルクスの言説では、もはや労働者は物件でしかないのです。マルクスの物件という言葉のうちに、カント的な意味合いの、誰かの気まぐれな欲求に隷属させられるような非理性的な自然物体として、あるいは、壊れたら取り替えられるだけの扱いを受けるような存在として、そういうニュアンスを読み込むと、人格が物件にされています、という記述が単なる事実を述べているのではなく、そこにどれ程の嘆きと悲しみと憤りがあるのかを痛感できます。だから、巷で耳にする「マルクスは疎外概念を物象化概念に置換した」という言い回しが、日焼けもしなければひび割れもしたことのない綺麗な手で書かれた文言であることを知ると、もはや何を言うべきかも分からなくなります。いや、物象化でもいいんですよ。しかし、マルクスがその語をわざわざ選んでその語を使用して、しかもその語の背景を考えていくならば、そこにどれ程マルクスのパトスが込められているかを少しでも感じようとなるはずであり、単純な理論の変遷の問題には出来ないでしょう。
だから、私は物象と訳さないのです。そう訳すると、ただそういうふうに現れているということを記しているに過ぎないように聞こえるからです。しかし、物件と訳し、その語が使用されてきた背景を絶えず絶えず想起するなら、それは本当に解決していかなければならない問題なのだと心から感じるのです。例えば、この世に生を受け、冷暖房の効いた部屋で人事問題に介入しただの何だのを叫ぶことで学術と騒げるような身分でいられる人たちがいる一方で、生活のためや家族のためにこつこつと勉学に励んでいる方々が労働者という物件として扱われて、他者の欲求に飲み込まれて他者の利得のためにその方々の尊厳が踏みにじられた挙げ句、壊れた玩具のように捨てられても文句すら言えずに日々の苦痛を身に刻んでいるなんてことがあっていいのか、と。
だいぶ長くなったので、今回はこれ位で。次回も、少しばかり考えたいことがあるので、それについて。